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「……こんな景色だったら毎日見ても飽きないよな…」
だいぶ傾いてきた太陽。
夜になったらきっと自分の屋敷よりも大きな月が見えるんじゃないかとフェイトは期待を膨らませる。
こんなに太陽とも近く感じるなら、月ならきっと手が届いてしまうだろう。
そうしたらまずは月にいるウサギから餅をもらって…
と、そこまで考えたところでフェイトは本来の目的を思い出す。
「…そうだ、エルフィス…」
シャンプーか何かなのか、どこからともなく流れてくる自分好みの甘い香。
先程から比べて随分とハッキリとしてきたことから、近くにいるのは分かった。
「………。」
なんとなくフェイトはバルコニーの柵に寄り掛かると空を見上げるようにして屋敷の屋根を見上げる。
すると僅かに…
風と共に金色が揺れ動いたのが視界に入った。
「…んぐ、うぎぎぎ…」
なんとか屋根までよじ登ろうと、フェイトはバルコニーの柵に足をかけて壁を這いずり登る。
それはまるで殺虫剤をかけられたゴキ○リ…もといナターシャのような不安定なもので、いつ落ちてもおかしくはない。
五階という高さ。
もちろん恐怖もあったが…今はなによりも、エルフィスに会いたいという想いだけが、フェイトを動かしていた。
「…(エ、エルフィスは…どうやって…登ったんだろ…)」
あまりの高さに目が眩みそうになりながら、フェイトは屋根の先に手をかける。
鉄棒で懸垂(けんすい)をするように腕に力を込め、自分の身体を持ち上げるとフェイトはやっとの思いで屋根の上に片足をつけた。
「…んぐっ!!」
気合いを入れて上体を起こし、なんとか両足とも無事についたところでフェイトは周囲を見渡す。
風が全身に吹き付け、まだ幼いフェイトにはバランスをとるのが難しかったが、なんとか立ち上がることはできた。
「……エルフィス…」
屋根の遠くに見つけた金髪。
よろめきながらも、近付いていけばだんだんとその後ろ姿がハッキリとしてくる。
「……エル…フィス?」
泣いて、いるのだろうか…。
両腕で身体を抱きしめ、うずくまるその姿は必死に震える身体を抑えようとしている。
まるで、溢れ出る感情を制御するように…
自分の中に、閉じ込めるように…
その哀しい後ろ姿がひどく印象的で、フェイトはしばらく声をかけるのも忘れて見入っていた。
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