826人が本棚に入れています
本棚に追加
息はもうとっくに上がっていた。
誰もここまでは追い掛けて来ないと知っていながらも、何故か足が止まらなかった。
綺麗な桜並木にも目もくれず、ただひたすら走っていた足がやっと止まったのは、学生寮に続く上り坂の半分まで差し掛かったところだった。
姿勢を低くし、乱れた息を整える。
同じく学生寮に行こうとしているのであろう周囲の学生達は、突然走ってきて立ち止まった自分を何事かと見つめていた。
緑のネクタイをした新入生の集団は、真新しい制服を見て声を掛けてこようとしたが……蜘蛛柄のバンダナとネクタイを見て、関わらない方がいいと判断したらしい。
そのまま何も言わずに横を通り過ぎて行く。
「……(マジでウゼェ)」
表面状は舌打ちだけをかまし、グレンは心の中で呟いた。
誰に対してでもなく……というより、自分でも何がウザイのか、よくわかっていないのがグレンの正直な気持ち。
チラチラと見ながら通り過ぎていく周囲の人間でもなく、かと言って追い掛けてこようとしたシド達でもない。
……ライとかいう、自分が大嫌いな金髪でもなかった。
気付けば好き勝手なことを言って逃げ出していた、自分。
きっとこの苛立ちはそれが原因なのだろう。
大きく息を吐き出すと、グレンはゆっくりと坂を上り始めた。
桜の花が嫌でも目の前にちらつき、すでに地に落ちた黒ずんだ花びらを踏みしめながら歩けば、やがて坂の頂上へと辿り着く。
同時に暖かい風が吹き抜け、町を一望できる所に建った桜高の男子学生寮が、その壁の白いタイルと共に姿を現した。
「……(今日はさっさと寝るか)」
いつも見ていたテレビ番組も見る気になれない。
こういう日は何もしないのが1番。
そう考え、学生寮の門をくぐって郵便受けを確認しようとしたところ……
「……ちっ、ガキか?」
外から響いてきた盛大な泣き声に、グレンは舌打ちをしつつ門の外を覗き込んだ。
するといつの間にやって来たのか、そこには小さな子供が1人、人目を気にすることなく泣いている。
その泣き声に顔を鹿目つつ、早々と部屋に戻りたいと思うグレンだったが、何故か足が動かなかった。
青い髪の少年をチラリと見ただけで、通り過ぎていく人々。
誰1人からも声を掛けられることもなく、泣きながら取り残されている少年。
「…………。」
最初のコメントを投稿しよう!