消えぬ匂い

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「玄達何もそこまで言わなくてもいいだろ。もう少しこう……柔らかくと言うか、言い方ってものがあるだろ」  紫丞の玄達に対するその言葉は、決して呆れのものではない。ゆっくりと、諭す様に話し掛けている。 「綾に癖を指摘されたことが頭にきたのかもしれんが……おい! いつまで洗ってるんだ!? 綾を追いかけろ」 「紫丞お前が行ってくれ。俺が行けばまた、もめるだけだ……」  言い過ぎたことを玄達も理解していたのか、紫丞への言葉には先程までの気勢はなく、後悔の気持ちが表れている。  先程まで忙しく動いていた両手は、水の中で拠り所を探すわけでもなく動きを止めていた。 「わかったよ。今回は行ってやる。でもな、もめるからとか言ってたら、いつまでも変わらんぞ。お前でも気付いてるんだろ? その……なんだ……綾の…………それはまあ、いい。ちょっと行ってくる」  意味深な事を言いかけ、紫丞は扉の側にある少々くたびれかけた傘を手にすると、慌てるように綾の後を追った。  一人だけとなった部屋では、急に雨音が強く響くように感じる。  玄達は一度だけ二人が出ていった扉を見たあとは、再び何度も手を擦り洗い続けている。その手は洗いすぎた為か赤みを帯びているではないか。 「玄達、お前は本当に追わなくて良かったのか?」  玄達以外、誰もいないと思っていたこの空間に、不意に声が響いた。
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