消えぬ匂い 二

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「なによ。なんか私が可愛くないみたいな言い方じゃない?」  ほほを膨らませそう言う姿は先程、玄達や紫丞に見せたきつい表情とは正反対である。 「いやいや。綾はいつも可愛いさ! 怒らなければ」 「あんたは一言多いんだから!」  二人はそう言って笑った。近くには民家はない。それにこれほどの雨ならば近くにあったとしても二人の話し声も、笑い声も聞こえはしないだろう。 「さあ、もう戻ろう綾」  笑顔のまま紫丞は綾の背中に手を当て、軽く押すと歩くように促した。 「うん。そうだね。……ごめんね」  止まっていた足を動かし始めた二人だったが、紫丞は綾の発した謝罪の言葉が自分へとは向かわず、ここにはいない玄達の元へと飛んで行くのを感じていた。  なんと声を掛けていいのかわからず、必死に言葉を探す紫丞の雰囲気を察してか、綾もまた紫丞と同じく水溜まりを避けることなく歩いていく。全身ずぶ濡れなのだから今さら避ける意味もないもないのだが。 「玄達変わっちゃったよね……」  歩みを止めることなくうつ向いた綾がポツリと呟いた。その声は虚しさとも悲しさとも受け取れる。 「おやじさん亡くなってからな……あれからだからな」  紫丞もまたうつ向き、交互に前に出る自分の足を見つめながら言葉を返した。 「私や紫丞だってお父さんあの戦争で死んじゃったのに。自分だけが悲劇の主人公みたいにしちゃってさ……」
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