消えぬ匂い

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 星や月の輝きさえ遮る黒き空から、大粒の雨が家屋に大地にぶつかっては弾け、全ての音をかき消すように降り続いている。  王都、赤眉(せきび)の外れにある一画。けして裕福とは思えぬ簡素な作りの家屋が並んでいる。  どの家も柱と板を組み合わせ、辛うじて屋根に瓦を乗せてはいるものの、雨露をしのぐべき瓦は如何にひいき目に見たとて、安物であり中古の物ばかりである。  しかし、如何に安物の瓦であろうと、屋根を支える細い柱にしてみれば、許容範囲を超えた重さであることには違いはない。元来は真っ直ぐであったであろう柱は曲がり、変わらず押し潰そうとする屋根重みに耐えかね、僅かな裂け目から悲鳴をあげている。  整然と家屋が建ち並ぶ中心部と比べれば、ここが同じ都だとは思えぬであろう。  しかし、雨は皆へと平等に降り続く。ただし、耳に届く雨音は平等ではなかったが。  そんな雨の中を傘もささず、ろくに整備されていない路地走る二つの影が。既に濡れているであろう着物の裾には、走るさいに跳ね上がった泥まで付いている。  勢い良く駆けていた影が速度を緩めると、周辺と変わらぬ簡素な作りの家屋へと入っていった。  外に比べれば幾分か静まった雨音だったが、それでも耳をつくことには変わりはない。 「どうせ全身濡れてるんだ、手なんて洗ってないでさっさと着替えた方がいいぞ」  さほど長くない髪を手拭いで拭きながら、短髪の男は先程まで共に雨の中を走ってきた相手を気遣うように言った。 「そうだな……」  短すぎる返事を発した男の長い髪は、後ろで結ってはいるが雨に濡れ、大きな雫が地面へと落ちている。
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