梦境 <文語体>

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梦境 <文語体>

余りにも冷ゆる夜。 貴方は然うして裸足で歩む。 月ばかりが暎(は)ゆる夜。 貴方は然うして獨(ひと)りで進む。 月光が何處(いづこ)へ誘ふ夜。 貴方は然うして舞ふてゐる。 私は問ふ。 「何故消ゆる」 貴方は止まらずに舞ひ続け乍ら答ふる。 「梦境故に」 月の霜を踏みつつ、唄ふやうに云ふ。 「汝が汝たらんと欲する故に」 貴方は然うして少しづつ私から遠ざかる。 「吾が胡蝶故か」 然う、私が問ふと、 「否」 とばかり云ひ、 「吾が胡蝶故」 とにべもなく應(こた)ふ。 然う。 私は孵(かへ)らねばならぬ。 私は目覺(ざ)めなければならぬ。 「梦境故に」
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