遠雷

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遠雷

或る日、突然。 叫び出したくなるのは、私だけではない筈だ。 或る日、突然。 咽を掻きむしりたくなるのは、僕だけではない筈だ。 或る日、突然。 ベランダの手摺の向こうが愛しくなるのは、俺だけではない筈だ。 空の向こうに何が在るのか。 酸素と窒素と僅かばかりの二酸化炭素の有る地上で、オースリーの向こう側を泳ぐのは誰か。 きっと誰もしらないだろう。 僕でさえ知らないのだから。 教えて欲しいのだ。 あの日自らに刃を立てた理由を。 嗚呼、今。 誰かが叫んでいる。 嗚呼、五年前のあの日。 私がすすり鳴いている。 私に何の答えをお望みに。 屹度答えられは致しませぬのに。 さて、誰を憎もうか笑おうか。 苦しさが、容易く蔑みの理由を作ってしまうんだ。 疲れて、しまいました。 死に方はいくらでも知っているのに、生き方など、ひとつたりとも解らないと云う。 眠れない夜は永く。 月光たりとも邪魔をしてはなりません。 神のごとき優しき両腕に包まれて、安らかに眠る夢を見る。所詮幻だとしっていようとも。 孤独を知り、初めて世界の片鱗を見つめる。 自分さえ信じられぬのに、一体誰を信じましょうか。 誰が、等ではなく。 誰も、である世ですから。 幻を見つめることが愉しいと彼女は嗤う。 僕はいっそ頸を絞めて貰いたくなり、 遠き雲居に鳴く少女を 想うのです。 左様なら。 また、逢えるのなら。
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