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──今、何か変な台詞が聞こえた。
「…えっと、すみません…頭を上げてくれませんか?」
「それが君の望みならば」
──何か変な会話も聞こえる。
(幻聴だ、幻聴なんだこれは。寧ろ夢だって)
廊下にいた生徒の一人、山田太陽(やまだ たいよう)は思った。
(──これは夢だ。じゃなきゃ俺の憧れの薬木さんが何かSとかMとかそんなカンジの言動をするわけがないんだ…っ!)
「あの…できればその体制(土下座)もやめてほしいんですが…」
「それが君の望みならば」
(……っ薬木さん、さっきと同じこと言ってます…っ)
山田は泣きながら現実を受け入れることにした。悲しい。こうして山田は大人になっていく。
「…えっと…あなたは、薬木罅野さん、でしたよね…?」
「…光栄だ。俺の名を知っているのか」
「はい。えっと、それでですね…」
(…そういえば、)
彼女は何者なんだろう、と山田は思う。
いきなり奴隷にして下さい宣言を、しかもあの薬木罅野にされたにもかかわらず、彼女は顔色一つ変えていない。
台詞の所々がか細く響き、随分と頼りなさげに話しているのだがそれはおそらくそういう性格なのだろう。
顔は…言い方は悪いが、よくも悪くもない、平凡というやつだ。
なんというか──至極、無個性な少女。"存在感"がまるで感じられない。
例えばそれは、空気のような──…
「──私の名前は、春菜といいます」
酷く透明な色をした少女だった。
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