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初詣の約束のために裕を迎えに来た同級生たち、正樹と京介に裕が風邪をひいたことを伝えると、二人はすぐに近くのコンビニに走ってゼリーやスポーツドリンクの差し入れをたくさん買ってきてくれた。
「年末に勉強会したとき冷やしちゃったかな。お大事にって伝えてください」
「あいつ俺らが顔見せると強がりそうだからお見舞いは遠慮しときます。お大事に」
律儀にそう伝えて去っていった二人に、いい友人を持ったものだ、と宏はひそかに感動した。
買ってきてもらった差し入れを有難く受け取って、裕の部屋へと上がる。裕はこちらに背を向け布団に潜り込んでいた。少し息苦しそうに呼吸が荒くなっているのが聞こえる。
「裕」
呼びかけると、ぴくりと肩を揺らして振り返る。部屋を開けたのが宏だと気付くと、少しほっとした様子で「なんだお前か」と小さく呟いた。
「私ですみません」
「お前以外にいないだろ」
「……静かで寂しいですね?」
「ゆっくり休めて気が楽だ」
けほ、と弱弱しく咳き込む。こんな姿、宏以外の相手には絶対に見せないだろう。いつも喧嘩ばかりしている彼の前では、特に。
スポーツドリンクのペットボトルにストローを刺して差し出すと、裕の手が伸びてきて受け取った。一口だけ飲んで、枕元のサイドテーブルに置く。
「サンキュな」
「正樹さんと京介さんからの差し入れですよ」
「あー……申し訳ない」
差し入れの袋にはパウチパックのゼリーやビスケットタイプの栄養食も入っていた。それらを裕の枕元に並べると、だるそうに首をもたげた裕がちらりとサイドテーブルに視線をやって、小さく苦笑する。
「多いな……」
「心配しておられましたので、早く元気になって連絡してあげてください」
「ん、そうする」
「私は下におります。何かあれば呼んでください」
「わかった」
心配ではあるが、付き添っていたところで宏にできることはない。それに、裕があまり傍で面倒を見られることを好まないことも知っている。
「ゆっくりお休みくださいね」
ドアを閉めながら声を掛けると、裕は右手を上げてひらりと振った。
いつもより素直な裕の反応が少し新鮮に感じる。ライバルさえいなければあまりピリピリすることもないのだが、それでも態度が柔らかいのはきっと調子が悪いからだろうか。
昔は、宏の言葉に反応すらしなかった時期もあったというのに――と、懐かしい記憶がよみがえる。
昔々、というほど遠くない昔のことだ。宏にとってはつい最近のこと。それでも、ようやく過去のことだと思えるようになったくらいには年が経った過去のこと。民宿を開く前の話だ。
今よりもほんの少し宏の背が低かったころ、宏と共に暮らしていた裕は今とは似ても似つかないくらい、様子が違っていた。
長い間、裕は言葉を話すことをやめてしまった時期があったのだ。
何がきっかけだったのか、宏は知らない。ただ、氷河期のように長く続いた冷たい氷が解けて、今の彼に戻った日の出来事ははっきりと覚えている。
温かいコーヒーでも入れようと、台所で薬缶を火にかけながら、懐かしい記憶に思いを馳せた。
たしかあれも、年が明けて少し経った寒い時期だったように思う。
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