年明けの狐荘

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 狐荘の朝は早い。  が、それは客人のいるときだけ、あるいは平日だけだ。  宿泊客もおらず、学生たちの学校も休みとなっている年末年始は、それなりにのんびりとした時間を過ごすことができた。  狐荘を運営する宏と裕、二人っきりの年越しを終え、数日後の朝のこと。  ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ。  計測完了を示す高い音に、裕は顔をしかめながら服の中から体温計を取り出した。 「……九度五分、ですね」 「げ……」 「ちょっと高すぎます。裕は寝ていてください」 「……ああ」  体温計を受け取って険しい顔で告げる宏に、めずらしく裕は素直に従った。  友人たちと冬休みの課題を終わらせ、大晦日の夜はいつもどおり宏と二人きりで過ごして、とくに羽目を外した様子はなかったのだが。裕は年明けから見事に風邪をひいたのだった。 「どうりでだりぃと思った……正樹たちと初詣行くって約束したのに」 「いけません。無理は禁物です。それに、うつしてしまうかもしれませんし」 「うー……あいつらに連絡……」 「ここまで迎えに来てくださるのですよね。その時に私から伝えておきますから」 「悪い……頼む」  裕はおとなしく布団に潜って、溜め息をついている。彼が体調を崩すのは実はそれほど珍しいことでもないのだが、ここまでしおらしくなっているのは珍しい光景だと思う。 「正月からついてねえ……」  本当に調子が悪いのだろう、強がる様子もなく、裕は寝返りを打ってこちらに背を向けた。もっとも、強がる必要が無いのはいつも一緒にいる彼らが今はここにいないから、ということでもあるのだろうけれど。 「朝食はいかがしますか」 「ごめん、いらない」 「わかりました。何か欲しいものはありますか?」 「……別に……」 「後ほどスポーツドリンクを買って参りますね」 「うん」  裕の部屋を後にして、階下のリビングへ降りる。  人のいない民宿はどこか物寂しく、室温も冷え切っているようだ。  昔から、裕は体があまり強くない。だからその分、ひそかにトレーニングをして身体能力は誰にも負けないように努力していたことを宏は知っている。ヒトより長命な妖とはいえ、生まれ持った肉体の特徴は個体それぞれだ。妖の中には何百年も病気ひとつなくピンピンしているモノもいるのかもしれないが、裕はそうではなかった。無理をすれば倒れるし、気温が下がれば熱を出すことだってある。  一年近い期間を共に過ごした従業員と客人が帰省して、気が抜けたのだろうか。それとも寂しさが祟ったか。  いずれにせよ、いつも宏より優位に立ちたがる彼がおとなしく宏に面倒を見られる唯一の機会である。
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