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ミズキが男の首筋にそれをあてた時、鋭い光を放つ銀はナイフにしか見えなかった。しかし、彼女の手の中にはナイフなど見当たらない。到底人を傷付けることのできない、クロスのチョーカーしかない。
「脅す程度なら、見せ方次第で全てが武器になる。頸動脈に銀色の光る何かをあてられた。それだけで充分な脅しになる」
「朝日を利用したのか」
頸動脈を取られ、その“何か”の正体を正確に探る余裕はない。その“何か”が光を反射していたら尚更だ。
「これで誰かを殺めるつもりはない。最も、思い切り突き刺せば殺せなくはないけどね」
淡々とそう言いながら、ミズキはチョーカーを首に掛ける。
「どうでもいい奴の血で、これを穢すつもりもないから安心して」
シャラリと軽く揺れるそれが、寝間着代りのTシャツの下に収まるのを目で追いつつ、ヴォリアは扉の近くに立ったまま彼女に問いかける。
「神聖な十字架を、ヴァンパイアの血で穢すわけにはいかないって?」
「違うわ。十字架だからじゃない。コレだから、よ。十字架を背負ってはいるけれど、神に仕えているわけじゃないから」
十字架は神に仕える証でもある。そして法王直属の組織であるハンター協会は、神に従える組織であり、そのためマークに十字架を用いている。つまり、ハンターとは神の命を受け、ヴァンパイアを狩る聖職者なのである。
信仰深いハンター達とは対照的に、ヴァンパイアは神の存在を信じない者が多い。それは彼等が長い年月を生き、他を圧倒する多大な力を手に入れているが故の考えだ。他を虐げてきたヴァンパイアにとって、己より上の存在は認め難いものなのだ。
「人間ってのは、神に縋る生き物じゃないのか?」
「他がどうかは知らないけれど、私は違う。神の存在は否定しない。けれどそれに縋りはしない。縋ったところで、どれだけ助けを求めたところで、神は何も助けてくれないもの」
何かを悟ったような言い方に、ヴォリアは思う。
(まるでその経験があるみたいだな)
神に縋り、助けを求め、しかし見捨てられた、彼女にはそんな経験があるのかもしれない。
しかしその真偽を確かめようとは思わない。それはヴォリアの興味の対象外。彼の興味の先は彼女の生き様であり、彼女の過去に興味はない。
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