『はぴすと』

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 私はその文章を見て、改めて、涙を流した。  妄想。そう、妄想だった。私には小説を書くなんて、器用な真似はできない。起承転結とか、考えられないし、しっかりとしたストーリーなんて思いつかない。魅力的な文章だって書けない。語彙だって圧倒的に足らないだろうし、文章の作法も曖昧なもので、ちゃんとしたものが書けるわけがない。  だから、自分の妄想でも書こうと思った。馬鹿らしい、といえば馬鹿らしいと今でも思う。所詮、一介の女子の妄想。現実味もなくて、ありえなくて、本当にただの希望だけが詰まった自己中心的なお話。自分勝手、極まりないと思う。でも、結果として、そのおかげで今の状況があると思うと、私は正しかったと思う 。こうしてよかった、と強く実感する。 『はぴすと』  私、杉沢晴美の『Happy Story』。略して、『はぴすと』。杉沢晴美にとっての、最も幸せな世界。望んだ世界の、物語。主人公ハルの純愛物語。といっても、物語として成立しているかどうかは分からない。甘くて、顔を赤くしてしまうような、恋人たちの日常を書いただけ。私自身、書いているときはとても楽しかった。私の頭の中では、私と好き な人が結ばれて、幸せな生活を送っていたから。文章で書くことで、頭の中に広がる世界がより鮮明で細やかなものになったから。だから、時折妄想だというのに悶えたこともあった、顔を真っ赤にしたこともあった、眠れなくなったこともあった。  そんな妄想物語を、好んで読んでくれる人がいたことには、驚いた。私のただの妄想を、初々しい、可愛い、といって多くの人が読んでくれた。しかも、次第に口コミで人気が出てきた。私にとって、考えられないことだった。でも、素直に嬉しかった。
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