/Rainy Day's Memory

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『人は死んだら何処へ逝くと思う?』    僕はそう問いかけて。   『人は死んでも何処へも逝かないよ。ただ過去になるだけさ』    と、彼女は言った。      /      或いは、その出会いは必然だったのかもしれない。  僕は医者で、彼女はその患者。  僕が彼女の担当になったのは偶然だけれど――彼女の病状から考えるに、僕に担当医師の役目が回ってくる確率はかなり高かったと思う。  そう、だからそれは限りなく必然に近い偶然の出会い。  僕は彼女の座る車椅子を押しながら、そんな事を考えていた。   「ああ、いつもすまないね。重くはなかったかい?」    彼女の労いの声が聞こえてくる。  僕はいつものように返した。 「いや、全然。患者に尽くすのが僕たちの役目ですから、これくらい何ともありませんよ」  実際、車椅子を押すこの腕に伝わってくる重みは軽い。  いや、軽すぎるのだ。  哀しいくらい現実を思いしらされる軽さだった。 「ありがとう。いや、でもやはり此処は好い」  彼女はそう言って空を見上げた。  もうじき春が来るこの季節は、活気に満ちている。枝だけだった木々も青々と葉を繁らせそよ風に揺れている。萎れていた芝生も、どことなく瑞々しく感じられた。  此処は新春のモラトリアム。  生と死が出会い集う場所。 「病院の中庭とは思えない解放感だ。私のような死にかけにも生命の息吹を感じさせてくれる」  気持ちよさそうに伸びをして、彼女は言った。 「死にかけだなんて……。大丈夫です。きっとよくなりますから、僕と一緒に頑張りましょう」 「こらこら、医者としての気遣いは分かるけれどね、嘘は駄目だよ。泥棒になってしまう」  彼女はくすりと笑った。 「それにね、私は分かってるんだ、自分の身体だからね。もう私は長くないってことくらい承知済みさ」 「そんなこと……」  ない、と言えなかったのは、穏やかに微笑む彼女を見た所為だったのだろうか。  その表情には苦しさも死に対する恐怖もない。  まるで、お気に入りの物語がもうすぐ終わってしまうかのように。  静かに本を閉じる。その直前の表情だった。
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