/Rainy Day's Memory

3/3
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
「花粉症というのは不思議な病気だと思わないかい?」  花粉対策のマスクをしている僕を見て、彼女は言った。 「杉に悪意が有るわけじゃない。そもそも花粉は本来害のあるモノではないただの繁殖行動だろう。対して人間が悪いかと言えば、別に悪くない。ただ免疫が過剰に反応してしまっているだけでね。悪意なんて何処にも無い。双方がただ生きているだけなのに、状況は悪い方へ向かってしまう。  ……ほら、不思議だろう? 罪なんて誰にも無いのに被害だけが増えていくんだ。まるで――」  ――まるで、私達の様だね。  と、彼女は苦笑する。 「医師である君も患者である私も最善を尽くしているのに、状況だけが悪化していく。  ――ああ、いっそ清々しいくらいに最悪だ。なんてままならない世界だろう」  雨が降り始めていた。  言葉とは裏腹に、彼女の瞳は慈しむように空を見上げ続けている。  晴天に降る天気雨。  その矛盾した空に何かを見い出すように。 「――世界はままならない。私が死のうと世界は何も変わらない。ただ続いていくだけ。  だからきっと天国も地獄も無いのだろう。人は死んでも何処へも逝かない。ただ過去になるだけで」  そう彼女は独白して、僕は何も言えなかった。      /      数日後、彼は再びこの場所に来ていた。  押すべき車椅子はもう無い。  座るべき主を喪った椅子は、その役目を終えるように動かなくなっていた。  周りを見渡すと、ゆっくりと病棟へ帰っていく人達が見えた。  何故だろう、と疑問に思い、頬を伝う熱いモノを感じてようやく気づく。   「――なんだ。雨が、降ってきたのか」    彼はいつかの彼女のように、ただ雨の中で空を眺めていた。こうしていれば彼女が見たモノが見える気がしたのだ。  人は死んだら何処へも行かない。  ただ過去になるだけ。  そう、過去に、なってしまう。  ああ、それは―――   「なんて、残酷―――」    日が沈み、月が沈み、雨がやみ、木々の梢が再び顔を出した朝陽に朱く染められた頃、ようやく彼は踵を返した。  雨に濡れた白衣を翻す。  まだ薄暗い朝焼けのなか。  夜の残り香を追うように白は流れていく。  ゆらゆらと、独りきりで。  けれど立ち止まることなく、彼は歩いていった。  彼女という過去をそっと胸にしまい。  新たな出会いを別れとしないために。  
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!