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「花粉症というのは不思議な病気だと思わないかい?」
花粉対策のマスクをしている僕を見て、彼女は言った。
「杉に悪意が有るわけじゃない。そもそも花粉は本来害のあるモノではないただの繁殖行動だろう。対して人間が悪いかと言えば、別に悪くない。ただ免疫が過剰に反応してしまっているだけでね。悪意なんて何処にも無い。双方がただ生きているだけなのに、状況は悪い方へ向かってしまう。
……ほら、不思議だろう? 罪なんて誰にも無いのに被害だけが増えていくんだ。まるで――」
――まるで、私達の様だね。
と、彼女は苦笑する。
「医師である君も患者である私も最善を尽くしているのに、状況だけが悪化していく。
――ああ、いっそ清々しいくらいに最悪だ。なんてままならない世界だろう」
雨が降り始めていた。
言葉とは裏腹に、彼女の瞳は慈しむように空を見上げ続けている。
晴天に降る天気雨。
その矛盾した空に何かを見い出すように。
「――世界はままならない。私が死のうと世界は何も変わらない。ただ続いていくだけ。
だからきっと天国も地獄も無いのだろう。人は死んでも何処へも逝かない。ただ過去になるだけで」
そう彼女は独白して、僕は何も言えなかった。
/
数日後、彼は再びこの場所に来ていた。
押すべき車椅子はもう無い。
座るべき主を喪った椅子は、その役目を終えるように動かなくなっていた。
周りを見渡すと、ゆっくりと病棟へ帰っていく人達が見えた。
何故だろう、と疑問に思い、頬を伝う熱いモノを感じてようやく気づく。
「――なんだ。雨が、降ってきたのか」
彼はいつかの彼女のように、ただ雨の中で空を眺めていた。こうしていれば彼女が見たモノが見える気がしたのだ。
人は死んだら何処へも行かない。
ただ過去になるだけ。
そう、過去に、なってしまう。
ああ、それは―――
「なんて、残酷―――」
日が沈み、月が沈み、雨がやみ、木々の梢が再び顔を出した朝陽に朱く染められた頃、ようやく彼は踵を返した。
雨に濡れた白衣を翻す。
まだ薄暗い朝焼けのなか。
夜の残り香を追うように白は流れていく。
ゆらゆらと、独りきりで。
けれど立ち止まることなく、彼は歩いていった。
彼女という過去をそっと胸にしまい。
新たな出会いを別れとしないために。
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