最終章。『謎は謎のままに』

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青空に浮かぶ白い断片的な雲は風がないせいか、ゆっくりと動いている。駿哉と磯貝は眼下の町が見下ろせる付近の枯草の上に並んで腰を下ろしていた。 「向こうへはいつ出発するんですか」 「今日の夜の飛行機で……」 「えっ、随分急なんですね」 駿哉は驚いて左隣の磯貝を見る。磯貝はタバコを燻(くゆ)らせ青空を見上げていた。 「田舎にはまだ話してないから、こっちで何もせずに『ウダウダ』していると何を言われるか分からないからさ」 冗談ぽく言った後、磯貝は声を立てて笑う。 「まあ、それはそうでしょうけど、アパートやバイクはどうするんですか」 「家賃は来月分まで払ってあるし、家具やバイクは知り合いに譲った」 「退職金は?」 「ははははっ、退職金なんて微々たる物だよ。ただ、昨日、田舎に送金してもらう為の手続きはした」 「そうだったんですか」 駿哉は顔を元の位置に戻して遠くの山並みを眺める。こうしていると時間が止まっているようで世間の喧騒も忘れる。 「なあ、籐野」 「はい、何です?」 暫らくの沈黙の後、磯貝の声に再び磯貝の顔を見る。 「人間の幸せって何だと思う」 「どうしたんですか、いきなり?」 「いやさあ、ここから町を見ていたら皆幸せを目指して一生懸命生きているんだろうなと思ってさ」 「よく分かりませんが、人の価値観が違えば幸福観も違ってくるんじゃないでしょうか」 「おっ、やけに抽象的だな」 磯貝の突っ込みに駿哉は恥ずかしそうに頭を掻く。 「そう言う磯貝さんはどうなんです」 「俺か、俺はなあ、結婚して子供がいて、そこに自分の家があったら最高だと思うんだ」 「そうですね、そうかも知れませんね」 そういう考え方もあるのだろうと思う。 「だろう。どんなちっぽけな家でも良いからさ、自分の家があればこれ程の幸せはないと思うぜ」 磯貝はそう言いながらタバコを枯草の上に投げ捨て足で踏み潰す。 「じゃあさ、仮に自分の家を失ったとしたら……」 「それは悲しすぎますよね」 「親の愛情を知らずに育った人が家に全てを掛け、そこで新しい家庭を築こうとしている矢先、その家を失ったとしたら、それは死にも匹敵するだろう」
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