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「えっ、じゃあ、このパンには……」
『それは分からないけど、取り敢えず、鑑識で調べてもらった方が良いでしょう』
「そうですか」
『駿哉、絶対、食べないでよ!!』
倉内の声の背後から間宮の悲痛にも似た叫び声が聞こえて来る。
『だそうよ』
「分かりました。ところで、今、どの辺りなんですか」
『花穂さん……うん、そう……今は三鷹辺りで1時間もしたら着くって』
「そうですか」
『これからそっちに行くけど部屋の外には絶対に出ないでよ』
倉内の冗談めいた言葉を最後に電話は終わる。それから、自分の右横に置いたままのクリームパンを見る。だが、どうしても磯貝が自分を殺すとは思えなかった。別れ際のあの握手には誠意が籠もっていたし、『しっかり正直に生きろ』と言っていたような気がしてならなかったからだ。駿哉は携帯をテーブル上に置くとそのクリームパンを摘んで先程の紙袋に戻す。
「…(もし、磯貝さんが長沢光治さんを『ユダ』と同じだと考えているならば……)」
駿哉は頭に浮かんだ悪い結末を否定するように頭を左右に振りながら台所へと立つ。
秋も押し迫ると、夜はさすがに肌寒い。風邪を引かないようにとグレーの厚手のセーターを身に纏った駿哉と白いパーカーを着た間宮、そして、ジージャンを着込んだ倉内がF市の警察署正面玄関ら出て来る。
「うっ、寒っ」
外気に触れた駿哉はすぐに両腕で両肩を抱くような格好で身を竦める。
「もう11時になるわね」
間宮は入り口前の階段を下りながら腕時計を覗き込む。夕方6時に始まった事情聴取は長きに渡った。3人は別々の取調室で別々に質問を受けた。聞いていた刑事も最初は眠そうな顔をしていたが、事情を把握すると信じられないといったような顔になり、何度も取調室を出たり入ったりしていた。
「パンの分析結果が分かるのは2日後くらいって言ってたわよね」
建物正面にある駐車場の車の前で間宮はパーカーのポケットから車のキー取り出して立ち止まる。
「でも、何にも出ないと思いますよ」
「どうしてよ」
「だって、俺を殺そうと思えばいつでも殺せる機会はあった訳ですから」
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