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だが当の本人はというと、そんな優也にはこれっぽっちも興味がないようだった。
ただ思い付いたままに、形の良い唇から、歌うようにゆっくりと言葉を紡いだ。
「あたし、さっき訊いたでしょ? 見えればできるのかって」
「ん? ……ああ」
そういえば、さっき光の中で言われたような気もする。
「今、見えてるよね?」
「……まあ、一応」
「ふうん。じゃあできるよね」
幼い少女の花のように無邪気な笑顔が、優也の鼻先すれすれまで躊躇いもなくずいっと近づけられた。
見事なまでに美しい笑顔が、なぜだか今は妙に気味悪く感じられ、思わず一歩後ずさりする優也。
「な……何をだよ?」
怪訝な顔で問う。
笑顔の少女は、優也の質問に少し困ったような表情を浮かべると、些か回りくどく答えた。
「実は、ちょっと頼みがあるんだよね」
「は?」
間の抜けた声をあげたかと思うと、優也は「ふざけんなよ」とあからさまに嫌そうな顔を作った。
めんどくせえ。
それが率直な感想だったが、そちらの方はかろうじて飲み込む。
(急にこんな所に連れてこられた上に、今度は頼みごとってか? やってられるかよ)
「断る。生憎あんたの用事に付き合ってられる程暇じゃないんでね」
苦々しく吐き捨てるように言うと、これ以上ここに留まる意味はないと判断し、優也は立ち上がるとさっさと歩き出してしまう。
正直、目まぐるしく変わる現状に付いて行けないせいで苛ついていた。
今の優也は明らかに冷静さを欠いていた。
そんな彼を意味ありげに見つめる視線が、淡々と歩く優也の背中に、不意に気になる言葉を放った。
「――そんなに元の世界に帰りたいんだ?」
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