その悪意、逆転

9/21
前へ
/453ページ
次へ
      時刻は18時10分           保健室の外は夕日が沈んで、薄暗くなっていた。         「ねぇ、ハル君」       柚音が問う。       「ハル君が私をここまで運んでくれたの?」       「……まぁ、一応」     確かに倒れ込んでいた柚音を、保健室に運んできたのは晴喜である。     ちなみにお姫様抱っこで……       「そっか、ゴメンね、迷惑かけて……」     柚音は申し訳なさそうに晴喜に謝る。     「いや、構わないよ……それに……」     晴喜は途中で言葉を切り、黙り込んでしまった。     “それに”の後の言葉は晴喜にとって、言いづらい何かがあった。       「……ハル君?」     「あ、いや……えっと……」     黙り込んでいた自分に気づき、焦る様に言葉の続きを探す。       「そ、それに、きみが無事だったから……よ、良かったよ……」     何ともベタでありきたりな台詞だった。       「……ハル君」      晴喜の言葉に何故か、柚音の表情は曇っていた。     「え、何?」   「他人行儀みたいだよ」   「何……が?」   「きみ」       「……あ」       晴喜は知らず知らず柚音の事を“きみ”と呼んでいた。       柚音はそれが不満だったのだろう。       「じゃあ……」       晴喜は呼び方を考え、まず思いついたのが……     「早川さん」     無難     「それも他人行儀みたいだよ」     却下     「じゃあ……早川」     「まだ堅いよ」     却下     「えっと……じゃあ……」      となると、残っている呼び方は……         「……柚音」       「うん、そう呼んでね、ハル君」     柚音は嬉しそうにニコニコと微笑んだ。         だが……           晴喜は笑いながらも、               つらそうな表情が消えなかった……。      
/453ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4353人が本棚に入れています
本棚に追加