第1章 桜館

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桜を見ていると、何もかも忘れられる。いつからかは忘れたが、桜は川本にとってそんな存在だった。 「もう少しだ、頑張れ」 と励ますようにこのグループのリーダーである河俣耕治(かわまたこうじ)が言った。 坂道は濃霧の向こう側まで続いているかに見えたが、やっと終わりに近づき、うっすらとこの坂道のゴールが見えてきた。 坂道を完全に登りきると、周囲を深い森に囲まれた開けた土地が霧の向こうに広がっていた。その濃霧の間から、うっすらと建物が見えた。 ――《桜館》だった。《桜館》は、その円形に近い楕円形をした建物で、壁は深い黒一色だった。 「フーッ……やっと着いた」 額に浮かんだ汗を右手の甲で拭いながら、鈴木憲人(すずきけんと)が言った。
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