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……俺を帰さないつもりか?……と、考えつつも酒に手が伸びる……まったく情けない……
「蛍ちゃん、オイルサーディンちょうだい」と優作が言う。
さらに俺に話し掛ける。「聞いてくれよ、恭介。今日うちの課長がさぁ………」
優作が他愛のない話をするが、俺は激しく降る雨音を聞いていた。
あの日も……こんな雨だった………
「なあ、恭介。ナイスアイディアだろ? 聞いてるか?」
「ん? いや、聞いてない。 なんだ?」
「…………。 だからな、明日、おまえん家で鍋やろうぜって話だよ。 俺と蛍ちゃんが材料と酒を持って行くからさ♪」
「………せっかくの休みに迷惑だ。」
「そんなこと言うなよ、恭介。 どーせお前、ろくな食生活してないだろ?」
「………この店は、どうするんだ?」と俺は蛍を見た。
「大丈夫よ。一人バーテンを入れるから。」と蛍は笑った。
「決まりだな、恭介」
「好きにしろ。……帰る」と俺は言って勘定をカウンターに置いた。
「恭介、傘を貸すから待って」と蛍が背中越しに声を掛ける。
「いや、いい。」と俺は断って店を出た。
マンションに帰り、シャワーを浴びた。
それから、あいつが育てていた観葉植物に水をやる。 毎日の日課だ。
お前が消えないように……ずっと俺の中から消えないように………。
………本当はわかっている。 優作も…蛍も俺を心配してくれている……。
だが……俺は、まだ………。
「なあ……蛍ちゃん。……あいつ……あれから5年も経つのに、まだ立ち直れないでいるなんて………見てる俺も辛いよ。」と優作はグラスを傾けた。
………恭介……。私は外の降りしきる雨を見ていた。
あの日の事が脳裏に鮮明に蘇る。
……この店に近い路地で血を流し倒れた涼子……。 涼子を抱きしめる恭介……。 あの日も、こんな雨だった……。
「……ちゃん。 蛍ちゃん!」
「ゴメン。なに?」
「ったく、蛍ちゃんまで恭介みたいだな。」と優作は、ため息を漏らした。
「明日……ホントに行ってもいいのかな?」と優作は俯いて言った。
「……うん。恭介は、あれで嬉しいはずよ。」と私は言った。
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