夏:七月七日の出来事

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裏に名前を書いたっけな?なんて書こう…紫の煙でいいかな? 俺はそう書くと近くの小学校に忍び込んだ。 ほら、小学校なら七夕朝会なんて言って笹が沢山並んでいるじゃない。 そしてソーイングケースの中の糸を取り出し短冊を括りつけた。 『ねぇ、アンタは願い事しないのかい?』 『俺は…』 どうしよう、今更七夕もないもんだ。だけど紫の煙は俺のそんな考えを見抜いていた。 『ねえ、アンタもお願い事しようよ。そして一緒に祈ろう。きっと叶うからさ。』 『そうだな…そうしよっか?』 俺は何時もより素直な自分に驚いた。そして短冊に書き込んだ。 何て書いたかは内緒にさせて欲しい…。 『ねえ、空模様が良くない。』 『うん、織姫と彦星、会えるかな?』 神様はなんて意地悪な日に決めたんだろう。 俺は今まで七夕が晴れたなんて記憶は無い。 何時も何時も雨だった様な気がする。 『でもきっと大丈夫。』 『そうだと良いね。』 そうして俺達二人、ずっと空を見上げて祈り続けた…。 『…あ!?』 西の方から段々晴れて来た。 『ねえ、ほらあそこ!!』 紫の煙は叫んだ。 『ほらあの星だよ!!』 そう、天の川を挟んで輝く二つの星。 このネオンの灯りが空を曇らせている中じゃ今にも消えそうな弱い光にしか見えないけれど間違い無い。 『良かった。会えたみたいだね。』 紫の煙は満足気に呟いた。 『あぁ、よかったね。…ちょっと羨ましいな。』 『うん、素敵だものね。』 『何か安心したら少し眠くなった。』 『ねえ、その前にオイラをあの笹の下に連れて行ってよ。そしたらアンタ少し眠ったら良いよ。』 『うん、そうするか…。』 俺は云われるまま願い事を吊るした笹の下にこいつを連れて行きフィルターを半分花壇の土に差して立たせてやった。 『有り難う』 紫の煙は呟いた。 『アンタもう寝ても良いよ。でも願い事はずっと祈っていて。きっと叶うからさ。』 『あぁ、そうするよ。』 アスファルトで整備された都会の学校のグランド。 その上に寝転んで俺は空を仰いだ。 『あぁ、星が綺麗だ…。』 こんな空にも星は光っているんだね。 何百何千何万年前の星の光が気の遠くなる様な長い旅の果てやっと今此処に届いたんだ。 何て素敵な事だろう。 自然は人知を遥かに超えている。
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