2人が本棚に入れています
本棚に追加
秋:心優しい女のぶる~す
『ジリリリリリリ…』
仕事の終わりを告げるベルが鳴った。
午後七時、遅番と交代の時間だ。
俺は自分用に与えられたロッカーに作業服を掛け、通勤用のスーツに着替えた。
この倉庫は系列であるスーパーやコンビニ等に食品を出荷する倉庫だ。二十四時間休む事なく動いている。
-16゚Cの冷凍庫の中で汗だくになりながら肉を積み卸したり、各デパートに出荷する食品の個数を確認したりする。
タイムカードを押して外に出ると、涼しい風が吹いていた。
『秋の匂いだ…』
夏の終わりを告げる虫の声は此処からじゃ聞こえないけれど、それでもまだ風の匂いで季節を感じる事は出来た。
『もう夏も終わりだ』
今年の夏は一人きりだった。
自分を見つめ直したい時期だったし、夢を追う事を、近づく事をどうしても止めたくなかった。
誰かと居るとついつい甘えてしまう。
自分を甘やかしてしまう。
『もっともっと強い自分を下さい。』
俺は何時も祈っていた。
『でも…。』
俺は溜息をついてボヤいた。
『今日はまだ帰りたくないんだ。』
もうだいぶ慣れたけど一人の部屋はやっぱり欝に入ってしまう。
もう出て行った彼女の事を思い出す事は無くなって来たけど一人の部屋は時々滅入ってしまうんだ。
解るかな?そんな気持ち…。
とにかく俺は昔、良く遊んだ街で降りた。
『少し飲んで帰ろう。』
楽しそうにはしゃぐ少年少女達。こんな風にはしゃぎ回るには少し年をとってしまったのか?
ちょっとした淋しさが胸に寄せて来た。
だけどあの頃から気になっていた店に今日は行ってみようと思う。
この通りを奥に行くと在るとても落ち着いた雰囲気の店。
あの頃の俺が入るにはまだ若い様な気がして何時も通り過ぎるだけだったっけ…。
その店のドアを開けると木で出来た古いテーブルとイスが並んで、思った通り洒落た感じの作りだった。
テーブルに着いた俺はワイルドターキーの十二年を注文した。
店の中にはBe-BopJazzや戦前のBluesが流れてる。
俺は三杯目を飲み干し四杯目を頼んだ。
同時に聴き憶えのある曲が流れて来た。
高音部のきらびやかなメロディーと低音のカッティング。
『何だっけ…?』
『I Got a Kind Of Woman~♪』
あぁ、ロバートジョンソンの心優しい女のブルースだ。
最初のコメントを投稿しよう!