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夏:七月七日の出来事
ひどく湿気を帯びた生暖かい風だった。
街の生き物達はこの夕暮れの中、回りには目もくれずせかせかと歩いている。
(そろそろネオンも輝きだすだろう。)
俺はファーストフードに入りコーヒーとポテトだけ注文して灰皿を手に二階へ上がった。
『良かった、空いてる…』
お気に入りの席は丁度空いてた。
窓際の一番隅。此処が凄く気に入ってるんだ。
この角度からね、硝子越しに街を見ると歪んで見えるんだ。それは心の目で見た街の風景と良く似ていた。
別にジャンクフードなんて好きじゃないしね。
それが無ければ何処にでも在るチェーンのファーストフード店なんだから…。
とにかくその歪んだ硝子がとても好きだった。
丸一日居ても飽きないよ。それ位好きだ。
そして通り過ぎる人々を見つめながら思い思いの事をノートに書き綴った。
一段落終えて煙草に火を点けると何処からか声がした。
『ねぇ、今日は何の日か知ってる?』
回りを見渡しても知ってる人なんか一人も居なかったから、その声の主はセブンスターの先から出ている紫の煙だろう。何時もの事だ。
コイツと話する時は言葉は要らない。心の中で思うだけで良いんだ。
『何の日だい?』
俺は聞いてみた。
『何の日だか考えてごらんよ。』
そう言われて暫く考え込んだがサッパリ解らない。
『うーん、解らないなぁ。』
俺がそう言うと紫の煙は大きく揺れた。フーッとため息を付いてるみたいに…。
『ダメだなぁ解らないの?今日はとっても大事な日だよ。』
『それは俺にとってかい?』
『うん、きっとアンタにとっても、そして全ての人達にとっても。』
『そいつは何だい?』
紫の煙は少し勿体ぶってから,秘密を打ち明ける様に『七夕さ』と言うと得意気に鼻を鳴らした
(俺にはそう思えた。無論鼻等在るはずもないが…。)
『年に一度織姫と彦星が会えるんだ、晴れると良いねぇ。』
(あぁ今日は7月7日だったな…七夕だ)
そう思うと同時にだから何?とも思った。
『それから星に願いをかけるんだロマンチックだね。』
紫の煙は俺の想いなんて知らん振りで興奮気味に続けた。
『笹の葉に短冊付けて祈るんだ、そうしたらきっと願いが叶うんだよ。本当だよ!知ってた?』
『あぁ…昔、良くやったよ。』
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