夏:七月七日の出来事

1/6
前へ
/17ページ
次へ

夏:七月七日の出来事

ひどく湿気を帯びた生暖かい風だった。 街の生き物達はこの夕暮れの中、回りには目もくれずせかせかと歩いている。 (そろそろネオンも輝きだすだろう。) 俺はファーストフードに入りコーヒーとポテトだけ注文して灰皿を手に二階へ上がった。 『良かった、空いてる…』 お気に入りの席は丁度空いてた。 窓際の一番隅。此処が凄く気に入ってるんだ。 この角度からね、硝子越しに街を見ると歪んで見えるんだ。それは心の目で見た街の風景と良く似ていた。 別にジャンクフードなんて好きじゃないしね。 それが無ければ何処にでも在るチェーンのファーストフード店なんだから…。 とにかくその歪んだ硝子がとても好きだった。 丸一日居ても飽きないよ。それ位好きだ。 そして通り過ぎる人々を見つめながら思い思いの事をノートに書き綴った。 一段落終えて煙草に火を点けると何処からか声がした。 『ねぇ、今日は何の日か知ってる?』 回りを見渡しても知ってる人なんか一人も居なかったから、その声の主はセブンスターの先から出ている紫の煙だろう。何時もの事だ。 コイツと話する時は言葉は要らない。心の中で思うだけで良いんだ。 『何の日だい?』 俺は聞いてみた。 『何の日だか考えてごらんよ。』 そう言われて暫く考え込んだがサッパリ解らない。 『うーん、解らないなぁ。』 俺がそう言うと紫の煙は大きく揺れた。フーッとため息を付いてるみたいに…。 『ダメだなぁ解らないの?今日はとっても大事な日だよ。』 『それは俺にとってかい?』 『うん、きっとアンタにとっても、そして全ての人達にとっても。』 『そいつは何だい?』 紫の煙は少し勿体ぶってから,秘密を打ち明ける様に『七夕さ』と言うと得意気に鼻を鳴らした (俺にはそう思えた。無論鼻等在るはずもないが…。) 『年に一度織姫と彦星が会えるんだ、晴れると良いねぇ。』 (あぁ今日は7月7日だったな…七夕だ) そう思うと同時にだから何?とも思った。 『それから星に願いをかけるんだロマンチックだね。』 紫の煙は俺の想いなんて知らん振りで興奮気味に続けた。 『笹の葉に短冊付けて祈るんだ、そうしたらきっと願いが叶うんだよ。本当だよ!知ってた?』 『あぁ…昔、良くやったよ。』image=51744087.jpg
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加