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今日は日曜日。見上げれば白い粒が微かに舞い落ちる。手は赤い毛糸の温もりに包まれていて、私はそれで口元を隠す。
「寒い……」
ぽつりと呟いた言葉は、植木を挟んだ隣を行く車の騒音と、私を避けながら行き交う人々の足跡や話し声で、簡単に無に消された。
腕時計を見ると、午後二時を少し過ぎている。
ふ、と一瞬肩が落ちて、軽い溜息が漏れた。
気を取り直し、雑踏の中をきょろきょろ見渡す。暫くして時計を見る。それを、数えられない程に何回も繰り返した。
現在の時刻は七時を指している。視線をアスファルトに落とし、リボンが飾られた黒いパンプスの爪先を見つめた。
「来ないなぁ……」
軽く空気を蹴って、不満をぼやいた。
私は先週も、その前の週も、日曜日になると、この場所で待っている。
いつも待ちぼうけをさせる、あの人を。
イルミネーションの輝き出した夜の街が、ぼやぼやと霞んで行く。
毛糸の手袋で、今度は顔全体を覆った。
うっすら積もった雪が、震える肩からはらりと落ちる。
私は、来週の日曜も、この場所で待つの。
一緒に映画を見た後に、婚約指輪を買いに行く約束をしたのだから。
私のバッグの中には二枚のチケット。左手薬指は、空席のまま。
携帯を取り出し、あの人の番号をコールする。
この電話番号は、現在――。その声を、私は無視して
「今どこにいるの? もうっ。早くしないと映画もお店も終わっちゃうよ?」
答えは無く、通話を切った。
携帯をバッグにしまい、中の二枚のチケットを指で遊ぶ。
頬を伝う涙を赤い毛糸に吸わせて、顔を上げた。
「また、来週……」
白い吐息とともに、その言葉を残し私は人込みに加わった。
また次の日曜日に、私は戻って来る。
歩く背後の信号。隣の道路と交わる十字路の片隅には、真新しい様々な色の花束が複数。雪化粧を施され、美しくも悲しく横たわっている――。
END
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