蝶々の効果

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 始まりがあるから終わりがあるというか、現在進行形になるためには何事にも『スタートライン』が必要になってくる。 『ケジメ』と言い換えても良い。今までの自分と、それからの俺が違う人になるくらいの、言わば卒業式が今から行われる。  この世に生を得てすぐに住み始めたこのアパート、使いふるされた家具、見慣れた風景、その全てはいつもと違いまるで別世界に来てしまったかの様な躍動感に包まれているのがわかるぜ。  外は夜の静けさに包まれ、母親の悪いセンスが浮き彫りになるカーテンの裾から流れ込む春の風が気になり窓を閉めた。俺は落ち着き無く、少しだけ温くなった抹茶が入っている湯呑みを片手に、バスルームの方へ目線を延ばす。  両親は結婚記念日祝いで旅行中、弟は部活の合宿で家にはいない。今流行りの核家族である我が家の住民は、俺を除き誰もいない。……そう、いるのは俺と今バスルームでシャワー中の彼女だけだ。 長かった‥付き合いだして今日に至までの一年間、本当に苦しかった。手をつないで歩くまでの一週間、初めてのキスに約半年。「お父さん、お母さん、今日俺は、卒業します」 『初めては十七歳でした』 おぉ、なんていい響きなんだ。遅すぎず早すぎず、きっと死ぬまでに何十回と口にするであろうこのセリフ、今から練習する必要さえ感じてしまう。  そんな事をつぶやきながら、そわそわと枕の裏に男性専用避妊用具、通称コンドームを隠す。もちろん万が一に備えてだ。 「和哉、男はな、もしもと言うときには常に冷静でなくてはならん。解るな?全てを想定し、然るべき対処を行わなくてはならんのだ」‥親父の口癖だ。いつもウザィと思っていたけど、解るぜ親父ぃ。 「生はヤダ‥」と言われた時に備え、何事も無かったかの様に装備する。そのためのベストポジションは枕の裏だ。大丈夫、練習は何度もしてきた。 触っただけで形状を感じ取り、正しく装備出来るように。 暗闇の中、何度も、何度も。
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