建造と竣工

4/4
35人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
昭和十六年(一九四一年)十月二十二日、大和は高知県宿毛沖まで公試運転のために出港した。 これには三隻の駆潜艇が同行したが大和の立てる艦首波によって近付くことが出来なかったという。この時は向かい風にも関わらず29ノットを記録している。 この前に大和は工事関係者を乗せ土佐沖まで出向いているがその時にもなんら異常はなかった。 公試運転を終えた大和は最後に主砲発射テストを行った。 昭和十六年(一九四一年)十二月七日に山口県徳山市沖で行われた主砲発射テストは機密事項の性能を隠すために最大射程ではなく二万メートルでの発射だった。 日本海軍にしてみれば初めての四六センチ艦載砲だったが実験の結果は良好だった。 距離二万メートルで発射された主砲の反動は凄まじく、乗組員が度肝を抜き、その発射音のあまりの大きさに徳山市民は驚愕したとゆう。 こうして全テストを受けた大和は完成となり海軍に引き渡されたのだ。 この日、日本と大和の運命を決定づける作戦のために行動中だった空母機動部隊はハワイ近海にたっし、明日の作戦開始のため臨戦態勢をとりつつあったことは言うまでもない。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!