桜の樹の下で

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  そこには、大きな文字――おそらく鉛筆で書かれたのであろう文字が、書きなぐるようにあった。 『鈴の音には振り向くな』 胸が高鳴った。 意味の無い言葉のはずなのに、異様に胸がどきどきする。心臓が汗をかいているかのように、胸の奥から熱が湧いてくる。 「いたっ……」 耳鳴りだ。 ――鈴の音のような。 背中に悪寒と、首筋に激しい痛みが走った。 恐る恐る振り向く。 痛みが移動する。 雅の目に入ったのは、最後列の席に座っている男子生徒。 彼女の瞳を、瞬きせずに射抜いている。 彼は? いつから? なぜ、こんなに見られるのか? そして、一番の疑問は、ぴくりとも動かないその挙動。見られるだけで不安が増す。胃が痛む。威圧感が肺を圧迫し、呼吸を妨げる。 見慣れない顔だった。そして異質なのは、光りに当たると様々な色に光り出す目。……まるで猫のような。 (日本人、だよね?) 誰よりも黒い髪。 艶があるのに、清廉さというか、清らかさといった印象がない。 やがて、彼の輪郭がぼやけ始めた。決して目が悪いわけではないのに、皮膚の表面が二重に見える。 目を擦り、睨むように細めるのはあまりよろしくないと解ってはいたが、それでも、彼の周りだけが上手く見えないため、どうしても気になった雅は目を凝らした。 輪郭のブレは徐々に大きくなり、黒く曖昧な靄が見え始める。 視界が歪む。 影が現れた。 それは男子生徒の背後を通り、教室の四方に伸びる。影法師に似ていた。ただひとつ違うのは、人間の影ではなかった。 見てはいけない。 生徒はやがて影に呑まれ、出来上がったのは巨大な―― 「雅!」 悲鳴をあげていた。 飛んで来た克の身体が、あのものの姿を一瞬隠す。 恐ろしすぎて、克義の身体にしがみついた。誰も気付いていない。訝しげに窺った表情が雅に送られるだけで。  
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