桜の樹の下で

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  「あたしですか?」 「そう、鈴木さん」 思わず名前を呼ばれて顔を上げる。そこには白いシャツが見えるだけ。 「もう少し上です」 声のする方に、視線をゆっくり向ける。頭二つほど高い、その教師。 みとれてしまうほどに、きれいな顔をした人。 優しげな目元、薄く形の良い唇。あまりアジア人には見られない通った鼻。纏った空気は凜と澄んで、太陽に当たって白い肌は陶磁器のように滑らか。 そして恐らく日本人ではないのだという証拠に、腰まで伸びた銀の髪。根元から生えているのを見れば、地毛であるらしい。 しかし美人であれど、存在感がない。そんな印象で、このご時世に男性が伸ばすには少々長すぎる髪に、少しだけ違和感を覚えた。 「なんであたしの名前知ってるんですか?」 「初対面じゃないからですよ」 「でも先生みたいな美人さんは一度見たら忘れないと思うけど」 「前にも会いましたよ」 笑っていないのに、笑っているように見える。それが儚さを滲ませていて、何故か少し、悲しくなった。  
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