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「おまえ、なんでそんなに人間が嫌いなわけ」
赤い髪の鬼神が、しなやかな足取りで横に立つ。踏み外せば転落は免れない。だが、恐れを持つ様子はどちらにも見られない。
「…………」
白神君は黙り込む。
それよりも、鬼神が隣に来たことが気に入らないようだ。
――ふとその時、足音がした。
「人間には果てがないからだ」
綺麗な音のような声。
鬼神は振り向き、髪を手櫛で流しながら笑う。
「飛翔天、返り血。右。」
ああ、と、声をかけた男は照れて笑った。長い長い、銀髪が輝いて揺れる。
中性的な目鼻立ちは、眉目秀麗と呼ばれるものに違いない。
月の下でも良くわかる血は、容姿に対して異質なもので、それでも、何故か彼の一部としても自然に溶け込めていた。
「白。おまえの意向はどうであれ、明日からの事に支障はきたすなよ」
その言葉に返事はなく、不機嫌が横顔から見てとれた。
銀髪の男はやれやれと溜息をつき、鬼神はドンマイ、と呟く。
「俺は消える」
少年は変わらずマイペースで、馴れ合いをしないとでも言いたげに、身体をゆっくりと傾けた。
強い風にコートが翻る。
彼はコンクリートを蹴り、光の渦へと飛び込んだ。数百メートル下の海へ。
普通の人間では到底有り得ない行為である。自殺なのだろうか。……否、そうではない。
「お、すげー」
鬼神は歓声をあげる。異様な光景に動揺することはなかった。
まるで、いつものことだと言っているかのようだ。
「では、俺も。」
飛翔天も同じように、光の中へと消えていく。長い髪は尾を引いて、軌跡を追った。
ひとり、取り残された鬼神。
「雅」
祈るように空を仰ぐ。
星の強さに、目を細める。
そして、気付く。
「俺、どうやって降りようかな……」
春の夜は、まだ寒い。
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