桜の樹の下で

3/23
51人が本棚に入れています
本棚に追加
/176ページ
  「うるさいわ万年巡査!」 念仏のような言葉に耳を塞ぎ、彼女は一つ放屁をして脇をすりぬけた。 「臭!」 昨夜食べたニンニクレバニラ痛めの威力に畏れおののきつつ、裕一は雅の後を追う。 「ああもう!そんな走るとスカートの中が見えるぞ」 「どこ見てんのよ、痴漢!」 「ち、痴漢て」 「いってきまーす!」 「気をつけろよ、ったくもう!」 はぁい、と元気な声がオートロックの閉まる音に掻き消される。 裕一は精悍な顔を苦笑で滲ませながら、後ろ髪を掻いた。 「なんであんな小憎らしい性格に……」 ぶつぶつと呟きながらリビングへと戻る。スリッパの擦れる音だけが室内に響き、それが無性に孤独を呼んで、テレビのスイッチを押した。 朝のワイドショーは物騒な事件を騒ぎ立て、裕一はいつの間にか聴き入っていた。 最近、この地域には凶悪な事件が多発しており、それがまた彼の杞憂をかきたてている。祖父母とも疎遠な、親が早くに亡くなった雅の保護者は実質裕一のみであり、彼もまた社会人として多忙な日々を送っていた。 十も歳の離れた妹はどこかふわふわと浮いていて、それが気質であるのか、思春期特有のものであるのかは彼には解らなかった。ただ、危機感がないというか、隙が多いというか。 この昨今で、彼女が何らかに巻き込まれないかという不安から、彼は過保護になるのは当然のことのようでもあった。  
/176ページ

最初のコメントを投稿しよう!