4人が本棚に入れています
本棚に追加
/111ページ
「やった!」
声が漏れた。トンネルの周りには触手が張り付き、今にも元の形を取り戻して壁を為そうとする。凪咲は勢いのままに飛び越えてトンネルに駆け込んだ。後ろから迫り来る手は尽く切り落とされる。陸に上げられた魚のように床を跳ねる手。直ぐに他の触手と絡み合って一つになる。
一直線のトンネルを抜け、視界が開ける。天へと伸びた幾つもの建物を始めに色とりどりの色彩が広がる。
その中に藤崎の姿を見た。
その瞬間全てを思い出した。迫り来るものが何なのか、何を求めているのか。
万物を孕みし繭。ジニアを喰らうモノ。
「走り抜けろ」
赤の線上で藤崎が剣を構えて立つ。
最後の一撃と言わんばかりに押し寄せる無数の手。塊と化したそれは怒涛の如く押し寄せる。
一歩、二歩。凪咲がラインへと近づく。
「藤崎くん!」
タンッと石畳を蹴った。
藤崎は眼を見開いて左腰に構えた剣の柄に手を添える。
思い切り握り締めて、凪咲がラインを越えると同時に引き抜いた。大小様々な浅葱色の石が填まった剣は藤崎を中心に弧を描く。
手を肩の近くまで引き寄せると、半秒ほどそこで溜めて思い切り腕を突き出した。
浅葱色の軌跡を引いて焔が伸びる。螺旋を描きながら進行する深緑の剣撃の痕を引いて一本の槍が一直線に突き抜けた。
布を引き裂くような音を立てて赤塊が切り裂かれる。
「退け!」
赤いそれは黒く濁り、山羊の顔になって咆哮を上げる。巨大な咆哮は突風のように吹き荒れる。嵐のような声が止むと、そこはしんと静まり返っていた。
カチと音を立てて剣が鞘に納まり、スッと淡い浅葱色の光を伴って消える。
「藤崎くん!」
藤崎が振り向くよりも早く腰に絡む細い腕。
「ただいま」
「あぁ……おかえり。安心したよ」
後ろを振り返らずに言った。空は青く澄んでいる。弱々しい風が凪咲の頬を撫で、長い髪を靡かせる。
「私も……」
瞼を閉じて藤崎の背に震える体を預けると、緊張感が解れていくのを感じた。
ゆっくりと熱い吐息を吹きかけ、瞼を閉じてそっと言った。
「これで終わりなんだよね?」
何もないことを祈りながら確認する。
「いや……」
その言葉に再び胸の鼓動が高く早くなる。競技大会前の
緊張感にも似たそれはどっと押し寄せた。
「これから始まるんだ」
言葉の意図を察してコクリと頷いた。空には雲一つ無い晴天が広がる。二人の旅先を照らすように――。
最初のコメントを投稿しよう!