「金縛り」初級編

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影で顔は見えない。白い手がゆるり動いて、戸に手をかける。一歩近寄って、彼女の足が裸足であると分かった。そして少し浮いていることも。   スッと一歩分。戸の隙間はたった十五センチ。するり抜ける戸も壁も関係ない侵入。 恐怖に固く目を閉じる。   スッと一歩分。距離が縮まるのを気配で感じた。 落ち着け大丈夫だからと頭の中を無理矢理静める。   スッと一歩分。そろそろヤバイ距離で、私はとにかく必死に念仏を唱えた。宗派も何もない、ただ知っているだけの念仏。     来るな帰れ来るな帰れ何も出来ないから帰れ!!     念仏よりも、強く拒絶したのが良かったのかもしれない(事実、この日からの武器はとにかく『強い拒絶』の思いになった)   びくっ、と強く手が動いたのを切っ掛けに、全身を支配していた金縛りが解けた。いつの間にか止めていた呼吸を大きくする。このままの寝た体勢じゃまた金縛りになりそうで、恐怖に慌てて体を起き上がらせた。 深夜の静寂、さっきまでは聞こえていなかった時計の進む音が耳に響く。金縛りが解けたと同時、部屋の中になんの気配もなくなったと分かっていたから、あまり恐れもなく戸へと目が向いた。   女の人なんて影も形もない。加えて開かれたはずの戸が、きっちりと閉まっていた。     ……夢?     首を傾げた。感じた恐怖も見た光景も、体を襲った体験もリアルなもの。だけどあまりに目覚めた今が不変過ぎ日常的過ぎ、夢だったのかもしれないと思わざるをえなかった。 起床したら時刻を確認する習慣で、枕元の目覚まし時計を確認する。     A.M. 2:00     あまりにジャスト過ぎる時間に軽く引いた。 結局、夢か現実かなんてはっきりしないししようもなく。一夜限りだと思って誰かにこの体験を話すこともなかった。       さすがに一夜で終わらず二日、三日と続くようになれば、自虐ネタ感覚で友人に話すことになったけど。
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