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奈乃花は両手を前に出すと、会話を中断するかのように、軽くパンッと手を合わせた。
「もう!それなら諦めたって言ったでしょ?もういいの。私は今のままで十分幸せなんだから」
一夜は少し言うのを迷ったが、思い切って切り出してみた。
「…じゃあ、なんで昨日の夜、この場所で泣きながら歌ってたんだ?」
「えっ……見てたの…」
「ごめん」
「…いいよ。そっかぁ。ミスっちゃったなぁ。イチに見られてるとは思わなかった。そっかぁ…」
奈乃花はうつむくと、目を閉じ、ゆっくりと顔を上げた。
「…うん。本当はまだ歌手になりたいよ。すごくなりたい」
「だったら…!」
「でもね、怖いの。光のない世界でやれることなんて、だいたい決まってる。私の部屋、十年前と何も変わってないでしょ?私の時間は光を失ったあの日から止まったままなの。ずっと不変の世界。その世界から出たら、何が待ってるかわからない。こんな状態で頑張れないよ。叶わない夢なら見ない方がいい」
「ナノカ…」
一夜は真っすぐ奈乃花を見つめた。
奈乃花は空を仰いで悲しげな表情をしていた。
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