遠い夏休み。

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時計の短針が左下側に傾くようになっても、 まだ空は青と赤が溶け合った美しい夕焼けを映している。 そのオレンジ色に染まった雲の下の、 山と海に挟まれたそれほど大きくはない町。 「はあ、はあ、はあ…」 坂道を転がるように走る、 小さな影がひとつ。 やがてそれはおどおどと、 坂の下の大きな道に広がった人波に合流する。 「すみません、すみませ…とおしてくださ…」 夏の午後特有のまとわりつくような湿気と、 人の体温のまざった生温い壁の間を押し退け押されされながら走る小学生の女の子。 手に握られた浴衣と同じ生地の巾着が、 激しく小銭をぶつからせて不規則に悲鳴をあげる。 その布には、小さく「七海」と名前が縫われていた。 今日は、この町毎年恒例の夏祭り。 神社はこの商店街を抜けた先にあるので、 道路には自然に人が溢れていた。
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