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彼の部屋に招かれてから、しばらくの沈黙が流れた。
アタシは床に座り、『ごしゅじん』を眺めていた。
『ごしゅじん』はというと、ベッドに腰掛け、指遊びをしている。
かと思うと突然『ごしゅじん』が沈黙を破った。
「お前、名前は?……もしかして、『華恋』なのか?」
こちらを見つめ、身を乗り出す『ごしゅじん』。
いきなりの事で、戸惑いながらもアタシの頭の中では“カレン”という単語がぐるぐると回っていた。
聞いた覚えがある名前だった。しかし、何かが邪魔をして思い出す事が出来ない。
思考を巡らせていると、また『ごしゅじん』が口を開いた。
「…俺を、とり殺しにきたのか?」
突如として突きつけられた“殺す”という言葉にいつの間にかアタシの頭は支配されていた。
真剣で、ほんの少し不安に色を染めた目で『ごしゅじん』はアタシを見ている。
涙が、頬を伝うのが分かった。
次々と溢れ出る涙は、『ごしゅじん』の服を濡らした。
「……ち、違う…ょ…」
そう言うのが精一杯だったが、もっと他に伝えたい事があった。
だからアタシは必死に、嗚咽の漏れる口から言葉を紡いだ。
「…こ…殺す、だなんて…そんな事……た、ただ…『ごしゅじん』に会いたくて、必死で…」
『ごしゅじん』は、泣きながら訴えるアタシの背中を撫でながら“うん、うん”と頷き、聞いてくれた。
温かい手。
ゆっくりとアタシの背中を行き来する手に、自然と気持ちが落ち着いてくるのを感じる。
「…だから、『ごしゅじん』をとり殺そうだなんて絶対に……」
“ない”と言いかけた刹那、アタシは『ごしゅじん』の胸の中に収まっていた。
「ごめんな…、変な事を言って。わざわざ会いに来てくれたんだよな。ありがとう」
頭の上から優しい声が降ってきた。昔とは違う、低くて落ち着いた…でも心地好い声音。
そして、『ごしゅじん』の腕に込められていた力がより一層強くなるのを感じる。
胸板に押し付けられる形になり、少し息苦しい気もしたが、嬉しくもあった。
そして、小さな胸の鼓動が高鳴るのを感じた。
ぎこちないながらもアタシも『ごしゅじん』の背中へと腕を回し、一時の幸せを噛み締めた。
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