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昭和二十年二月某日
町の一角に、廃ビルが立っている。
日米開戦より数年前に倒産した『東亜商事』なる会社の本社が置かれていた三階建てのビルであった。
今、そのビルの入り口に一人の男が立っている。
陸軍の軍服を着ており、彼が付けている階級章は『大尉』を表していた。
深く被った軍帽から時折見えるのは、緊張した表情であった。
「……いよいよか。」
男が呟く。
ある任務を師団上層部より受けて早半年。詰めの部分での失敗は許されない。
―今までは無事で済んだが…今回は――
そう考えた瞬間、彼の頭の中を、恐怖が支配する。
失敗は死に直結する。
助けてくれる上司や部下はここには居ない。
しかしここでミスを犯さずに無事遂行出来たなら、この忌まわしい任務を終わらせ、今までと変わらぬ生活を送る事が出来る。
愛する妻に会い、今年の夏で二歳になる息子を抱くことが出来るのだ。
…大丈夫だ。今までも、何の失敗も無くやってきたではないか。
頭の中を支配する恐怖を、何の根拠も無い自信で振り払い、彼は東亜商事に向かい歩を進めた。
日が西に傾く。
辺りは薄暗くなっており、男『配島喜多男』大尉は自分を包み込もうとする闇から逃れるようにビルの中に入っていった。
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