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視界に写っているのはさっきまで気にもとめなかった雲が黒く低くなっている様子と、その空を背景に翼をはためかせる一匹の龍の姿。
その龍が一段高く舞い、岩すら砕いてしまいかねない爪をたて急降下してきた。
「――あっ。あたし、死ぬんだ」
自分でも驚くほど冷静に状況を把握していた。
瞬き一つすれば、長く尾をひく雨とともに、もうすぐ目前にまで龍が迫ってきている。
お父さん、あたし仇とれなかったよ。お父さん、あたし、死ぬのかな。
……やだなぁ……やだなぁ、やだなぁやだなぁやだなぁ、やだなぁ……悔しいなぁ。
頑張って一人で魔法を覚えたのに。頑張って四六時中強くなろうと努力したのに。
こんな時に限ってなぜか先日までの記憶が鮮やかに蘇る。
ロインとの一週間は厳しいようで、それでも楽しかったなぁ。あいつ、いっつも大食いでさ。すごいやる気なくて、言葉もテキトーで……アハっ。
……もう少し……あともう少しだけ、生きていたかったな。もう少しだけ一緒にいたかった……かな?
「……」
もしも神様がいるならば、願わくは、ロインだけでも生かして下さい。
迫る黒い影が視界いっぱいに広がったとき――暖かな風に体が包まれる感覚の中、あたしの意識は完全に消え失せてしまっていた。
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