門出

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河原さんがゆっくりと壇上に上がる。 彼女の後ろ姿を見るだけで、『言葉では表せられない感情』が込み上げてくるような気がした。 「答辞……」 さっきとは打って変わって、少し震えた声で河原さんの答辞が始まった。 河原さんの答辞が進むにつれて、一人、また一人と溢れ出した涙を拭う級友達。 隣りでは、さっきまで笑っていた友達が目に涙を浮かべて立ち尽くしている。 だけどそんな中で、俺の目を惹いたのはやっぱり彼女だった。 肩より上しか見えないが、手の動作から彼女も泣いているようだ。 「友達との別れを悲しんでいるのか? その中に、俺は含まれているのか?」 どうせ俺なんか含まれていないのに、そんな事を考えた。 そんな考えもほんの一瞬で、後はただ涙を堪えることしかできない。 『泣きたくなかった』 カッコ悪いとか、そう言うんじゃない。 泣いてしまったら、この大切な形式的でない時間が、景色が涙でぼやけてしまう。 それが無性に嫌だったから……。 「……三月一日。卒業生代表……河原綾子」 級友達の鼻を啜る音と共に、この体育館で聴く河原さんの、涙混じりの最後の言葉が会場全体を満たした。 少しの余韻の後に、自然と出席した全ての人が拍手をした。 素晴らしい一時を終え残す所、俺達三年が受験勉強の合間を縫って練習した合唱だけとなった。 仕切り役の太一の号令と共に俺達は一斉に保護者、在校生の方を向く。 そして、担任の先生達を太一が呼びに行き、俺達の前に並んでもらった。
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