The rain of last moments

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─…それは、本当に一瞬のことだった。 普通に部活に行こうとしていた、いつも通りの日。 本当に、何の変鉄もない、いつも通りの春の朝。 家を出て、高校2年間を共に過ごした少し錆びかけの自転車に乗った。予定通りの時間に家を出ることができたから、特に急ぐこともなく車輪を漕いでいく。 大きな交差点にさしかかると、いつもは必ず引っ掛かる信号がたまたま青で、少しだけ得した気分になった。 幼稚園の頃からの付き合いの幼馴染みの家に視線を向けたが、姿はない。 左に曲がって真っ直ぐ。 その後は、もう一度左に曲がれば校舎が見えてくる。 曲がれば、の話。 いや、曲がれれば…か。 もし、俺が後1分速く家を出ていたら。 何か忘れ物をしていたら。 交差点の信号が赤で、止まっていれば。 幼馴染みの家に寄っていたら。 この運命は変わっていたのかもしれない…。 急ブレーキをかけた衝撃で、地面とタイヤが無理に擦れる音がした。 それは、自転車のタイヤが擦れる音なのか、目の前にせまった大きな物体が出す音なのか。 一瞬のこと…。 目にうつったのは、今にも迫り来る大きな物体ではなく、咲き誇る春の木。 俺と同じ名前の木。 いつもは見向きもしないその薄い桃色の花が、視界いっぱいに拡がった。 一瞬は、一秒にも一分にも一時間にも感じられた。 走馬灯、というものなのか。 18年間を、短い時間でおさらいした。 短い人生で、たいしたハプニングも挫折も苦労もない、他の人から見れば平凡な人生。 しかし、俺にとってはたった一つの人生で、たくさんの悔いも希望も残るけれど、これ以上ない日々。 もう、目は覚めないと分かっていた。 地面に叩きつけられる衝撃は感じず、回りでざわつく人達の中で知り合いを見付けても、声をかけることすらできない。 ただ、そんな中でも最後…最期まで俺の中に残ったのは、たった1人の姿と、後悔だった…。 
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