序章

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女は笑った。鼻歌も歌っていた。愉快そのものと言った顔に酔いしれていた。 男=彼女の恋人は胸から下が引きちぎられていた。辺りには男の内臓が散乱していた。暗くて見えなかったが、よく見ると、女の服はどす黒く汚れていた。誰もその服が、元は白のワンピースであったとは信じないだろう。服だけではない。口の周りにも、手にもそれはこびりついていた。 不意に女が動くのを止めた。男を棄てた。再び女は歩き出した。もはや女には男など見えていなかった。 女は服を脱ぎ始めた。もう鼻歌は歌っていない。ただ黙々と脱いでいる。 下着を脱ぎ捨て女は裸になった。そしてその場に座り込んだ。もはや人間的な感情が顔から消え失せ、目をつり上げ闇夜にぎらつかせ、口からは涎を滴らせていた。 女は自分の足を見つめていた。白くてスラリとした足だ。女の顔が歪んだ。笑っているようだ。 次の瞬間、女は自分の足に食らいついた。辺りが鮮血で染まった。女は、もはや自分の足ではないかのように、痛みを感じていないかのように、何度も何度もかぶりついた。己の歯で己の肉を引きちぎり、食べた。女の目が微睡んだ。まるで今食している肉が、高級なステーキであるかのように錯覚しているような目だ。 やがて、右足は喰い尽くされた。女は左足に食らいついた。右足同様引きちぎり、骨を噛み砕き、左足がなくなるまで。 その後も右足、左足と同じだった。右手を喰らい、なくなれば左手を喰いちぎった。 やがて、直接食べられる箇所がなくなった女はもがき始めた。目を白黒させ、呻いている。 刹那、女は口から大量の黒い物体を撒き散らし、女は動かなくなった。女は絶命したのだ。 女が吐いた黒い物体は空に舞って四散してしまった。 四川に今日も朝が来た。
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