第一章:四つの国の境にある村

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「…あれほど戦は嫌だと言っていたのに、どうしてだ?」 「イムのために。…だけとは言えませんけど…」 ミーナは小さく微笑み、立ち上がる。 「ちょっと、来て下さい」 ビローを自分の部屋に招き入れた。 ミーナの部屋にはあまり物がなかった。机と椅子。小さな棚。たんす。ベッド。本棚。それだけだ。 小さな棚の上に、写真立てがあった。赤ん坊のミーナと、彼女を抱く優しそうな女性と幸せそうに微笑む男性の写真。その棚の脇に、細身の剣が立て掛けてある。 「…ご両親か?」 ビローは写真を見ながらそう尋ねた。 「ええ」 「優しそうな人達だな」 ビローが目を細めてつぶやくと、ええ、とミーナは寂しそうに微笑む。 「そうだったのかもしれません。わたしには、両親と共に過ごした記憶は殆どないんです。…母のことならちょっとだけ覚えてるけど」 「……」 ビローは黙って写真を見つめた。それから、写真の男性を指差し、彼女に尋ねる。 「…ん?ミーナ、きみの父親の名前、もしかしてビハマルじゃないか?」 ビローのその言葉にミーナは目を丸くした。 「…はい。そうですけど…」 「…やっぱり。ビハマル隊長は、俺もよく知っている。というか、彼は軍隊では有名な人物だった」 「そうなんですか…。父は、東の剣士でしたが、母と出会って戦場から退くことを決めたそうです。でも、国がそれを認めませんでした。火の女神とは敵同士だから。でも、父は母のために、国境の村に母と暮らし始めたそうです」 「素晴らしい人だな」 ビローはつぶやき、ふと棚に立て掛けてある剣を見た。 「これは…?」 「これは、父の形見です。切れ味は余りよくないし、細身で軽いから攻撃には敵してませんが、お守りにって、父がわたしにくれたんです。わたしはそのとき赤ちゃんだったから、覚えてないけど」 ミーナは苦笑して剣を掴み、鞘を払って刃を見せる。 あまり尖っていない刃だ。しかし、丈夫そうで、ちょっとのことでは折れなさそうだった。柄の先端には金色の飾りがついている。刃の唾近くに、丸い穴が開いていた。 「わたしの両親は、戦争で亡くなりました。もう、戦争で人が死ぬのは嫌なんです。イムに言われたから、とかじゃないんです。わたしは、もう誰にも死んでほしくないんです」 ミーナはビローに振り返った。 「お願いします。わたしも連れていって下さい」 彼女のその目は、決意に燃えた炎を宿していた。
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