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―暖かい春の日差しが顔を照らす。
窓越しに射しこんだ朝の光で男は目を覚ました。
短めの髪に細目のメガネ、着込んだ薄目の茶色いコートが持ち前の長身に良く似合っている。
大学院生の高田良介は瞼を擦りながら重い頭を上げ、辺りを見渡した。
薄暗く広い室内、わずかに射し込むやわらかな日差し、その光に照らされ軽く埃の積もったいくつかの細長い机に飾り気のない使い古された椅子が見える。一瞬、寝惚けて自分がどこにいるのか分からなかった。
徐々に頭が働いてきた良介は、先日飲み会の帰りに考え事をする為に大学の旧研究室に一人でこもったのを思い出した。
良介の大学には全部で八棟の校舎があり、その中に研究室が二つある。
また学校の裏手には山があり旧研究室は一番山側でかつ端の第八号棟に位置するため、使い勝手が悪く、あまり利用する物がいない。その為、比較的新しい出入りのしやすい第二棟にもうひとつ新研究室がもうけられている。
良介は、困った事や解らない事等、とにかく何か考え事をする時はいつもこの古い方の研究室を利用する。
辺りは静寂に包まれていた。八号棟は基本的に古い設備が多く、ほとんどの教室は今は物置小屋代わりに利用されている。その事もあり常日頃から静かな棟でもあった。
尚更早朝という事もあり、その静けさはより一層際だち日差しと柔らかに溶けこみ、まるで神殿のような神々しさまで纏っているかの様に錯覚する。
だが例え錯覚でも、朝の日差しと山からの清真な空気。この静けさが織りなす空間はとても心地よく感じられる…。
近くの窓を開き深呼吸をした。
春先になったとはいえ早朝の気温は肌寒く、吸い込んだ空気はまだ覚めきっていない良介の頭を爽やかに目覚めさせてくれた。
先日、高校のクラスメイトとの五年ぶりの同窓会を楽しんでいた最中、ある話題が上った。その時、昔馴染みの友人が…いや、あれは自分の考えでもあったが、とにかく二人で笑い話のつもりでたてた仮説ー。
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