お客様 私は商品ではありません

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「え…陽菜チャン?」 この近距離で男の前髪がちらついてうざい。 あたしは眉間を寄せて思い切りガンを飛ばした。 掴んだ瞬間、チェーンを引きちぎってしまったのか男のネックレスがカウンターに落ちた。 「……お客様 私は商品ではありません」 ぐっと首元を掴んだ手に力が入り、二人の間に嫌な無言の空気がピキピキと音を立てて張りつめていく。 「はぁ!?陽菜チャンじゃねぇの!?」 「あたしは陽菜じゃない。あんたみたいなやつ陽菜には釣り合わないから」 男から掴んでいた手を離し、胸に当てられていたバーコード読み取り機を奪い取り嫌味ったらしくケースにかける。 「柚木さん~あがっていいよ。お疲れ様」 店の奥からいかにもうたた寝をしていただろう店長がのんびりと出てきた。 「お疲れ様でした。お先です」 抑揚のない冷たい声を残してあたしは一度も振り返らず奥へと入っていった。 シンプルなスプリングコートを羽織り、身支度を整えてタイムカードを押して店員専用の出入り口へと手をかける。 外はあたしの大嫌いな雨。湿気がまとわりついてあたしの機嫌をさらに悪くする。 まぁ、苛つくことさえ面倒だからすぐに忘れちゃうんだけど。 折りたたみ傘を乱暴に開いて、足早にコンビニをあとにする。 「柚木チャンね…」   雨雲に隠れて星1つ見えない夜空。 今日は新月の夜 ──朔夜  
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