第1章の3

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いいえ、あれは嘘ではありません。 しかし私は既に、こうして家を捨てて出家しています。 私があの家と、もう何の関係もないものと思われては、あなたに話を聞いて頂けないと思い、黙っていました”と、そう謝罪した。 資本家は、男の謙虚な人柄にすっかり心を許した。 そして尋ねた。 “あなたはあの時、この期に出馬すれば、私の当選を約束すると言った。だから訪ねて来いと。あれは本当なのか?”とね。 それに答えて男は言った。 “本当ですよ”そう言うと、男は資本家に、ガラスの小瓶に入った透明な液体を手渡した。 “これを毎日一滴ずつ、投票日がくるまで飲み続けて下さい。 そうすればあなたが本当に政治家としての道を望む以上、当選は確実に約束致します”と言って」 「一体何だったんだね。その怪し気な液体は…?」 ギルバートが言葉を切った瞬間に、私は早速疑問を投げ出した。 最初の質問とは、えらく違う方向に向かっているが、もはや私はすっかり彼のペースに嵌められたのだから仕方がない。 「当然資本家も尋ねたさ。 “これは一体何だ?”って。 そうしたら男は言った。 “本当はこれの正体については語りたくない。だって話したら、あなたは信じてくれないだろう。 でも話さなかったら、それもきっとあなたを戸惑わせるだろうから、あなたが信じようと信じまいと言いましょう” …だったら最初っからスッと言えやって感じだが… “これは聖水です” と結局男は言ったんだ」 そこまで聞いて、私はようやくなんとなく話の筋が掴めてきた。 「もうその時点ですっかり男のペースにハマっていた資本家は、“この水には神の力が宿っている”という男の言葉を信じたね。 そして金を払おうとする資本家に向かって、男はこう付け加えた。 “こんなこと、到底普通の人には信じられる話ではないでしょうから、お代は後で結構です。 あなたが本当に選挙に当選したら、その時は聖水の力を信用して、恵まれない者達の為にお金をいくらか、お礼としてお納め下さいますか?” 資本家は、意気揚々と“聖水”を手にして家へ帰った。 それから出馬を表明して、投票日がやってくるまで、男に言われた通り1日一滴ずつ小瓶の水を飲み続けたのさ。 すると選挙の結果…」 室内に紅茶の芳しい香りが立ちこめていた。ギルバートが淹れたものだ。 どうやら紅茶ぐらいはまともに淹れられるらしい。 私はその紅茶が運ばれてくるのと、話の続きを待った。
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