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いいえ、あれは嘘ではありません。
しかし私は既に、こうして家を捨てて出家しています。
私があの家と、もう何の関係もないものと思われては、あなたに話を聞いて頂けないと思い、黙っていました”と、そう謝罪した。
資本家は、男の謙虚な人柄にすっかり心を許した。
そして尋ねた。
“あなたはあの時、この期に出馬すれば、私の当選を約束すると言った。だから訪ねて来いと。あれは本当なのか?”とね。
それに答えて男は言った。
“本当ですよ”そう言うと、男は資本家に、ガラスの小瓶に入った透明な液体を手渡した。
“これを毎日一滴ずつ、投票日がくるまで飲み続けて下さい。
そうすればあなたが本当に政治家としての道を望む以上、当選は確実に約束致します”と言って」
「一体何だったんだね。その怪し気な液体は…?」
ギルバートが言葉を切った瞬間に、私は早速疑問を投げ出した。
最初の質問とは、えらく違う方向に向かっているが、もはや私はすっかり彼のペースに嵌められたのだから仕方がない。
「当然資本家も尋ねたさ。
“これは一体何だ?”って。
そうしたら男は言った。
“本当はこれの正体については語りたくない。だって話したら、あなたは信じてくれないだろう。
でも話さなかったら、それもきっとあなたを戸惑わせるだろうから、あなたが信じようと信じまいと言いましょう”
…だったら最初っからスッと言えやって感じだが…
“これは聖水です”
と結局男は言ったんだ」
そこまで聞いて、私はようやくなんとなく話の筋が掴めてきた。
「もうその時点ですっかり男のペースにハマっていた資本家は、“この水には神の力が宿っている”という男の言葉を信じたね。
そして金を払おうとする資本家に向かって、男はこう付け加えた。
“こんなこと、到底普通の人には信じられる話ではないでしょうから、お代は後で結構です。
あなたが本当に選挙に当選したら、その時は聖水の力を信用して、恵まれない者達の為にお金をいくらか、お礼としてお納め下さいますか?”
資本家は、意気揚々と“聖水”を手にして家へ帰った。
それから出馬を表明して、投票日がやってくるまで、男に言われた通り1日一滴ずつ小瓶の水を飲み続けたのさ。
すると選挙の結果…」
室内に紅茶の芳しい香りが立ちこめていた。ギルバートが淹れたものだ。
どうやら紅茶ぐらいはまともに淹れられるらしい。
私はその紅茶が運ばれてくるのと、話の続きを待った。
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