第1章の4

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第1章の4

「“ペテン師”…?」と私は言った。 「そうだろう?というか、どう聞いてもそうだったろう?」 紅茶を啜る私に合わせて、ギルバートも同じことをする。 窓の外は、もはやとっぷりと陽が暮れていた。 「いやしかしその男は、その資本家から一銭も巻き上げちゃおらんのだろう?」 「その資本家からは、ね。それがこの男の巧妙なところさ」 ティーカップを置き、ギルバートは例の号外を丁寧に手元で折り畳んだ。 「あの男に騙された者は何人もいる。 いや、本人達は未だそうとは思っていなくて、今も奴に金をつぎ込んでるさ。 つまりはこういうこと。 男が出馬の話を持ち掛けたのは、例の資本家1人ではなかったってことさ。 奴は、うまく話に乗っかってきそうな金持ちに片っ端から声を掛けた。 勿論そいつらが選挙戦に出馬して、当選する保証なんてどこにもない。てんでハッタリ。 だが、落選する確率も当選する確率も1/2だ。 奴にとってみれば、自分が聖水を配った内の、半分の者達さえ当選してくれたら良かったのさ。 元々金は後払いだし、落選した者も文句のつけようがない。 運良く当選した者は、まさにこれこそ神の力と、まんまと騙され、男に金を渡すってわけだ」 「なるほど、そういうことか…」 だが、そのような大物ばかりを相手に詐欺を働くとは、なんとも大胆不敵な男だ。 しかし、被害者がそのような名のある者ばかりなら、逆にそれが広告塔となって、信者は増えていくかもしれない。 むしろそれが狙いか…。 しかも彼らが未だに何一つ疑わず、そんな男のペテンを信じているというのだから、誰1人被害届けを出しはしなかったろう。 我々警察の耳に入ってこない筈だ。 「だがなぁ、ギルバート。何故君がそのようなペテン師のことを知ってる?我々警察ですら知らん男のことを」 「ああ、そうそう!」と、ギルバートが私の顔の前に軽く人差し指を向け、思い出したように言った。 「そのことを話そうとしてたんだぜ、忘れてた」 「そのこと?」 この若者にはついて行けない。 油断するとすぐに振り落とされそうになる。 「いや、その例の資本家ってのがさぁ、ペテン師の言い分を聞くやいなやブチ切れてさ。 馬鹿は黙ってりゃいいのに、言ってる意味も分からねぇくせして、ペテン師の奴を“名誉毀損”で訴えるって言うのさ。 俺は言ってやったね、“そんなもん名誉毀損になんか当たるわけないだろ”って。
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