第2章の1

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第2章の1

ペテン師の名は、エドワード・フェニックス。 半年前からこの都会で仕事を始めた。 顧客は皆、中流階級以上の人間ばかり。 大商人や、工場主のような資本家と呼ばれる人々から、そんな資本家上がりの代議士まで手広く相手にしている。 エドワードは不思議な水を持っていた。 毎日飲み続ければ、どんな願いも叶うという。 彼の元に集う代議士達の中には、そのような不思議な力を借りて選挙戦を勝ち抜いた者が多くいる。 彼らは、その不思議な水を聖水と呼び、エドワードのインチキを神の力と信じていた。 エドワードは大変話が上手く、物腰が穏やかで、見る者全てを安心させた。 自称名のある銀行家の息子というが、そんな嘘臭いハッタリを真実たらしめているのも、そういったエドワードの人となりが可能にしているのかもしれなかった。 というより、私はこの日、初めてその男に会ってそう思った。 会ったといっても、直接話をしたわけではない。 修道院の参列者席の最後尾から、その姿を少しばかり垣間見ただけだった。 なにしろ、私がいた場所よりも前列は、全てエドワードの信奉者で埋め尽くされており、私達はそこに立ち尽くしているより他に居場所がなかったのである。 「…というか、なんで警部がついて来るかな?」 そう言ったのは、私の隣に並んで立っていた金髪の若者だった。 若き弁護士、ギルバート・ライアン。 彼もまた、エドワードと時を同じくして半年前、この都会にやってきた。 そして私と同じアパートの住人になった。 ギルバートがこの街へやって来たのは、クライアントからの依頼を遂行する為。 ペテン師、エドワード・フェニックスのイカサマの証拠を掴み、詐欺罪で告訴する為である。 「興味があったんだよ。君が追ってる、その大胆不敵なペテン師殿にね」 運良く、この日は1日休みだった。 しばらく抱えていた大きな事件が落着して、私にとっては久々のホッとできる休日の筈だった。 しかし如何せん、この刑事の性分というものは、抑えてみてもどうにもならない。 「たまの休みなんだから、家でゆっくりしてりゃいいじゃないか」と、隣でギルバートが不機嫌そうに吐き捨てた。 エドワード信奉者の会合は、いつもこうして日曜日の夜に行われるのだという。 希望すれば、誰でも出入りは自由らしく、ただでさえこじんまりとした修道院の中は、今やエドワードの為に集まった信者達で溢れかえっていた。
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