第2章の1

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するとエドワードは、祭壇の少し後ろにあった、腰の高さ程の台の上から、何やら黒い布に包まれた物を取り上げた。 そして被せられていた布めくる。 皆の視線が、その中から現れた物に突き刺さった。 私も、一体これから何が始まるのかと、食い入るように事の成り行きを見つめた。 エドワードが手にしていたのは、なんのことはない、ただのワイングラスだった。 それが逆さにされた状態で仰々しく布にくるんであったのだ。 そしてエドワードは、黒い布の上で逆さにしたワイングラスを右手に乗せたまま、「見て下さい」と言って、最前列の何人かにグラスの中が空であることを確認させた。 それが済むとエドワードは、ワイングラスを布ごとひっくり返して上に向け、再び黒い布で全体を覆い隠した。 そしてエドワードは、グラスの口の部分に軽く手のひらを乗せる。 次にエドワードが布を取り払い、グラスを傾けると、あろうことか何も無かった筈のワイングラスの中から、奇跡のように水が流れ出したのである。 そしてそれは、祭壇の上にあらかじめ用意されていた器の中へと静かに注がれた。 会場内に一気にどよめきが走り、この日何度目かの拍手喝采が起こると、もはや修道院の中の空気は最高潮に達した。富も、地位も名誉もある人間達が、目の前に居る正体不明の男に向かって、何やら口々に賞賛の言葉を浴びせている。 それはもはや“異常”を通り越して、“滑稽”とすら思える光景であった。 ただ2人、傍観者だった我々を除けば。 しかし、流石に拍手こそ送らなかったとはいえ、私には今、目前で起こった事が不思議なのは事実だった。 勿論、何もないところから、水を出してみせるなんてことは、現実に出来るわけなどないのだから、エドワードは何か特別な仕掛けを使ったのだろう。 しかし私には、どんな仕掛けを使ったら、今のような芸当が可能になるのか、その見当がついていなかった。 長年勤め上げてきた、刑事のキャリアにかけて、ここは解き明かしたいところなのだが…。 そんなことを考えながら、私が隣の若者に目をやると、ギルバートは物凄い膨れっ面になっていた。
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