第2章の4

1/2
前へ
/84ページ
次へ

第2章の4

ああでもない、こうでもないと思案を巡らしながら帰路につき、気が付くともうアパートの前だった。 懐の懐中時計は、既に約束の時間をさしている。 いつまでもこうして道端で悩んでいるわけにもいかず、私は溜め息をつきながら中へと入った。 できるだけゆっくりとした足取りで、アパートの階段を上っていくと、3階の踊場で、階上に人が立っているのに気配で気付いた。 私は立ち止まる。 何故待っているのだ…? そう思って、恐る恐る目線を上げた。 4階への階段を登りきったところに、私の予想した通りの人物が仁王立ちしていた。 「謎は解けたかい?」と、若者はやはり楽しそうに笑っていた。 私は気付かれないように再び深く息を吐いた。 よく見ると、ギルバートはその右手にワイングラスを持っている。 どこぞで見たような、手頃な黒い布きれと一緒に、逆さにして。 「いや…悪いが、1日考えたんだが、それがさっぱり…」 私はどう言い訳するわけにもいかず、ありのまま答えるしかなかった。 すると、途端にその弁護士は悲しげな顔をして、「警部は警部のクセに頭堅いなぁ」と言ったのだ。 私も長い間、部下達に“警部”と呼ばれてきた人間である以上、それなりのプライドがある。 気分の良い言葉の筈がなかった。 私が、あれこれと言い返す言葉を無言で探していると、「見て!」というギルバートの声が、突然上から降りてきた。 私は反射的に、再び視線の照準をギルバートの姿に合わせる。 ギルバートは階上で、ワイングラスを持った右手を前に差し出す。 そして一呼吸おくと、昨日エドワードがやったのと同じように、その手を返してグラスを上に向けた。 すぐにその全体像が黒い布に包まれる。 ギルバートは、左手でそのグラスの足を支えながら、これもまたエドワードのそれと同じ仕草で、右手のひらをグラスの口にあてがい、そのまま布を取り去った。 ギルバートがゆっくりとグラスを傾ける。 バシャッ!と勢いよく音がして、その中からグラス一杯の水が階段に零れ落ちた。 私はそれを見て思わず言った。 「君!ちょっとこれ拭きなさい!!」 「嫌だね!罰ゲームだ、警部がやれよ」 どこに用意してあったのか、そのギルバートの台詞と同時に、階上からものすごい勢いで雑巾が飛んできた。 もう少しで顔面に直撃しそうになり、私は寸でのところでその攻撃をかわす。 見上げた階段の上に、もうギルバートの姿はない。 私は思わず叫んでいた。
/84ページ

最初のコメントを投稿しよう!

107人が本棚に入れています
本棚に追加