第2章の5

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第2章の5

「…いい加減に教えるんだ!」 私はすっかりずぶ濡れになったボロ雑巾をギルバートに投げつけた。 彼は反射的にそれを上手くキャッチすると、私の意外な行動に面食らったのか、きょとんとした表情を浮かべた。 あれから、律儀にも階段掃除を済ませた私は、ギルバートの口から真実を引き出すべく、彼の部屋に押し掛けたのだった。 ギルバートは、しばらく手にしたボロ雑巾と私とを交互に見比べていたが、何を思ったか、いきなりキッチンの窓から雑巾を外に投げ捨ててしまった。 「あっ、こら!何をするんだ!」 私の制止虚しく、雑巾はあっさりギルバートの手を離れ、重力に逆らうことなく窓の向こうに落ちていく。 若者は何事もなかったかのように、両の肩をすくめて言った。 「臭くてかなわない」 この男…。 どこまで本気か、悪ふざけか分からない…。 「…で、私はちゃんとペナルティを受けたぞ。いい加減タネを教えてくれてもよかろう」 するとギルバートは無言で、さっき私がやったのと同じ仕草で、手に持っていた物を投げてよこした。 突然のことに、私はそれを慌てて両手で掴み取る。 丁度手のひらぐらいの大きさの、透明で丸い物体だった。 しかもなかなか薄い。 私はそれを光にかざしてみたりしながら、よく観察した。 それは指で簡単に曲げることも可能な程、柔軟性に富んでいて、ふちに密閉ができるように細工が施された、何かの蓋のようなものだった。 “密閉できる蓋”…? そこで私はようやくハッとした。 「まさか、そういうことだったとは…」 「そう、合点がいったろ?エドワードがこの手品に使ったのは、その透明な蓋と、観衆の“先入観”だ。 何も無いところから、突然水が湧いて出るなんてことは、どう足掻いても不可能さ。 つまり、あの水は最初っからワイングラスの中に入っていたというわけ。 奴は、あらかじめワイングラスに零れる寸前まで水を満たしておき、その上にこの透明な蓋を被せて密閉して、逆さにしておいた。 黒い布を下に敷いて使ったのは、観客にグラスの中を確かめさせる時、グラスの口にはめられたその蓋に気付かれては困るから。カモフラージュさ。 だからエドワードは、観客の誰1人にもグラスを触らせなかった。 そして、何も仕掛けがないことをアピールし終えたエドワードは、グラスを正位置に返し…後は分かるだろう? 手を翳す振りをして、蓋を掴み、黒い布きれと一緒に取り去る。
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